――振り向いて微笑んだ、その顔が。
――まるで、泣いているみたいに見えた。

―― 抱憾 [抱きしめる]

やっとの思いでフェイトと合流して、ソフィアはひとつショックを受けたことがある。
いや、本当はひとつどころではないけれど、何より増してショックを受けたことがひとつ、ある。

本物の剣を、握って。
誰よりも深く敵の懐にもぐりこんでは、その剣を振るって。
誰よりも大きな傷を誰よりも多く負って、自分の血で敵の血で、誰よりも汚れて。
そうして勝利しては得意満面、血でずっくり汚れた長剣をかかげて鬨の声を上げるフェイトに。
ソフィアはひとつ、ものすごくショックを受けた。

笑顔のはずなのに、まるで能面のような彼の笑顔に。
とてつもなく、ショックを受けた。

◇◆◇◆◇◆

「……あの、フェイト。おつかれさま……」
どこか腰が引けているような、何だか情けない声で。もごもごした声には自覚があったけれどどうにもできないまま、さくり、踏み出したソフィアの足元。砂がきゅうっと踏み固められてささやかな音を立てた。
ゆらり、声になのか足音になのか気配になのか。闘いの余韻を荒い息に残したフェイトが、ゆっくりと首をめぐらせる。
こくり、ソフィアののどが緊張に動いて、その音が風に淡く散った。

◇◆◇◆◇◆

最初に彼の戦いを見たのはムーンベース。
生きものなのかそうでないのかも分からない敵を、まるで何かの作業のように淡々と倒した。暴走して襲いかかってきた小山のような機械にまるで気後れしないで、無駄のない的確な剣術で当然のように排除した。
相手が生きものではなかったから。それはあるいはシミュレータゲームを見ているようで、現実味がなくて。だからソフィアもその時は気付かなかったけれど。
けれど。

◇◆◇◆◇◆

「フェイト、怪我は……?」
「うーん、腕をちょっと、かな。大丈夫だよソフィア、こんなのすぐ治るから」
「フェイトの大丈夫は信用ないからダメ! 診せて!!」
少しの気後れにはたぶん気付かれないまま、少しだけ強気になったソフィアが。そそくさと逃げようとする彼の腕をがしっとつかむ。
つかんだ瞬間ぎゅっと寄った眉に、怪我の場所のアタリをつけて。
ぱっと見下ろしたなら大正解、じくじくと血の滴る腕の傷。
じっとそこに目を落とせばきっと観念したのだろう、おとなしくなったフェイトから手を離したソフィアは、そのてのひらを彼に向けて。最近覚えた癒しの呪文をぶつぶつと口にする。

◇◆◇◆◇◆

彼が手にしているものが、武器だと心底思い知ったのはいつだっただろう。どこでだっただろう。
――彼の得物は、長剣。
武器としては原始的でその分使い方が限定されていて、それが武器以外の何者でもないと思い知ったのは――いつ、どこでだっただろう。
向こうから襲ってきたとはいえ、はじめて「生きもの」を「殺す」彼を、見てしまった瞬間だったことは覚えているけれど。

◇◆◇◆◇◆

「ソフィア、やっぱりいいよ……大した傷じゃないし」
「ダメだってば! こういう怪我ほっといたら、もっとひどいことになるんだから!!」
往生際悪くじりじり逃げようとする彼の襟首を、がしっとつかむ。そうしてつかまえておいて、てのひらに生まれた淡い光がまるで吸い寄せられるように彼の傷に消えていって。
幼馴染だから分かるかすかな険が、少しずつ消えていく。
やがてほっと息を吐いたのに、それ見たことかと少しだけ勝ち誇ってみれば。あちゃー、となぜか決まり悪そうな顔をするのが、少し前、平和で平凡だったころを思い起こさせて。

ぎゅっ、ソフィアの心臓が小さく縮こまった。
痛くてつらくて唇を噛めば、どうしたんだよ、とフェイトが困った顔をする。

◇◆◇◆◇◆

いつ、どこでだったかは、結局覚えていない。ただ、あの時――ソフィアの目の前で、はじめてフェイトが生きものを「殺した」とき。
返り血に汚れながら、彼はどこか満足そうな笑顔だったけれど、
けれど、ソフィアにはそれが、

◇◆◇◆◇◆

「ソフィア……?」
「なんでも、ない。……なんでもないよ……?」
「それが「なんでもない」って顔かよ!」
集中が途切れて、もうその用がすんでいたのもあっててのひらからふっと光が消えた。あたたかい光がなくなって、それが淋しくてぐっと手を握りこんで。ソフィアはゆるく首を振る。
心配そうに怒る幼馴染に、笑いかける。
「なんでもないよ。大丈夫。フェイトだってがんばっているんだもん、だから、何でもない。平気」
「……なんだよ、それ」
不満そうに唇を尖らせる姿が昔のままで、それでさらに心臓が痛い。痛すぎて勝手に涙がにじんで、それに気付かれないようにぱちぱちとまたたいて、
「さっきのフェイトだって、こうだもん。大丈夫だよって、言ってたじゃない」
「それとこれとは……!」
涙にはきっと気付かなかったのだろうフェイトが声を荒げて、ソフィアはただ淡く微笑んでみせる。
本当に気付いていないのか、気付いていないふりをしているのかが分からない。
だからただ、微笑んでみせる。

◇◆◇◆◇◆

あのとき。戦闘が終わって、返り血を浴びた彼が振り向いて。
そして「守った」という満足感に微笑んだ、その顔が。
……まるで、泣いているみたいに見えた。

「普通」の生活をしてきた彼が、ただゲームが好きなだけの一般人だった彼が、いきなりこんな生活に放り込まれて。闘いには強くなっても、精神がそれに追い付いてくるなど、誰が保証したのだろう。
自覚している以上に頑固な彼は、きっと認めない。どうやら戦いが日常茶飯事の他のメンバーは、そもそも気付くはずがない。
フェイトと同じ場所に生まれて同じように育ったソフィアだけが、きっと気付いてしまった。
気付きたくなんてなかったのに、誰よりフェイトを分かっているから。
たった一人、気付いてしまった。気付いてしまったら、もうどうにもできなかった。

◇◆◇◆◇◆

「ソフィア、お前……、」
「フェイトのばか」
怒った顔で真面目に心配してくれる彼を、その言いかけた言葉を遮って。
彼女は、自分よりも大きな身体を抱きしめる。ぎっくんと硬直して、わたわたとあわてて、密着していればそんな彼の動き一つ一つが見なくても分かる。
ごくん、彼ののどが鳴って、ひっくり返った声が、
「そ、ソフィア!? よごっ、汚れるってば服!!」
「洗えば取れるもん、こんな血、洗えば、ちゃんときれいになるんだから!」
ただでさえかたくて大きな身体が暴れて、抱きしめ心地がよろしくない。力任せにしがみついているだけの気になって、ソフィアにはそれが何だか悔しい。

――漫画なんて、きっと全部うそっぱちだ。
――全然ロマンチックではない、これはひょっとしたら「抱擁」なはずなのにちっともロマンチックではない。全然心ときめかない。
――ただ心がしくしく痛んで心臓がぎゅっとなって、痛くて涙がこぼれる。
――こんなの、全然ロマンチックじゃない。

彼女がそんなことを考えているなんてフェイトにはきっと分からなくて、ただあわてている。力任せに逃げ出せばすむのにそうしないのは、混乱しているからだとソフィアは思う。

――あわてていればいい。
思う。
――あんな泣きそうな顔で笑うくらいなら、こうして情けなくあわてていればいい。

血なんて、洗えばきれいに取れる。
怪我をしたら、癒せばいい。
壊れたら、また作り直せばすむ。
生命以外なら、何だって取り返しがつく。

それに気付かないまま、ぼろぼろに傷付いてまだ笑っているくらいなら。

――いつまでも、情けなく混乱していればいい。

―― End ――
2006/01/08UP
抱きしめる / 好きだから5のお題_so3CP混合_
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抱憾 [抱きしめる]
[最終修正 - 2024/06/14-16:00]