自分の身を抱きしめるくらいなら。

―― 抱負 [抱きしめる]

何を話していたのか、覚えていない。ただ会話が途切れて、夜もだいぶ深かったから眠りに落ちたのかと目を向けたなら。
月明かりにマリアが自分の身を抱いていたのが、見えた。

◇◆◇◆◇◆

何かに怯えることなく触れることができるようになって、どのくらい経っていただろう。誰かに怯えることなく所有権を主張して、モノ扱いしないでと怒られながらも、そんな彼の言葉がどこか嬉しそうな彼女を見るようになってどのくらい経っていただろう。
二人で一緒の時間を過ごすようになって、ただまだ少しお互い緊張して。何をするでもない、他愛ない話をするだけの時間をどのくらい過ごしただろう。これから先、彼女とどれくらいの時間一緒に過ごしていられるのだろう。

◇◆◇◆◇◆

「……寒いのか」
「え? ううん……そんなこと、ないわ……」
ぼそりとつぶやけばはじかれたように顔が上がって、ふるふると首が横に振られる。ぱっと腕がほどかれて、とん、体重が預けられて。
しかしその細腕は彼にのびてこない。
華奢な身体を抱きしめたことは何度かあったけれど、そういえばマリアから手をのばしてきたことなんて、今まで一回もない。
アルベルは思わず何かを言いかけて、けれど結局何も言葉にならなかった。
ただ、目を閉じる。

◇◆◇◆◇◆

一見腕を組むように、自分の身を抱き締める癖がマリアにあると気付いたのは、かなり昔だったと思う。マリア自身は自分には腕を組む癖がある、と、認識してその程度だろう。
けれどアルベルの目にはそうと映らない。
――自分の身を抱き締めることで何かに怯える自分を押し隠している。
そんな風にしか、映らない。

◇◆◇◆◇◆

「ここいらの夜は冷えるからな」
「だから、別に寒くなんかないわよ!」
まるで自分に言い聞かせる彼に、ぷんとむくれた彼女の声。きっと握りこぶしが胸の前にあって、抱擁を求めるようにのびてくるとは、やはり思えない。
――思ったことで求められたいのだと思っている自分を自覚して、アルベルが苦々しく舌打ちをする。
素直でないと、別に指摘したつもりはなかったけれど。彼の舌打ちをそう受け取ったらしいマリアが、ますますムキになった、そんな顔をしたのが目を閉じた暗闇に分かる。

◇◆◇◆◇◆

たぶん砂漠から宝石の粒を見つけ出すのと同じくらい、気の遠くなる確率の末にマリアと出逢った。当初は分からなかったけれど、最近はそれが分かりはじめた。
一度出逢ってしまえば、一度でも自分が抱いた気持ちを理解してしまえば。ほしいものを手に入れるために動かない彼ではないし、だから今、彼女と一緒に過ごす時間をこうして手にしている。

それでも「このまま」がずっと続かないことも、分かっていて。

マリアと一緒にいたい。一緒に生きて、一緒に日々を過ごして、一緒に歳をとって。一緒の墓に眠ることができたならと、ガラにもなくそんなことを思っている。できるなら子どもの一人や二人、もっと山ほど、持ってみるのも悪くはないし。子どもが叶ったならその次、孫の顔だって曾孫の顔だってできるなら見てみたいと思う。
馬鹿げていると自分でも分かっている、今までの彼から見れば正気を疑うほどの考えだと、頭では分かっている。それでも、今まで小馬鹿にし続けてきたそんな「平凡なしあわせ」が、一度でもマリアを手にしたと思った瞬間から、アルベルの頭のすみに居ついていて。

マリアと一緒にいたい、たかがそんな欲求を抱いてしまって。
この先もマリアと一緒にいたい、――本当にそれを叶えたかったなら。

出逢った奇跡に見合うほどの、アルベルの努力とマリアの覚悟と決意、周囲の協力やら理解やらをもぎ取らなくては叶いそうにないことを。そもそもすべての前提条件として、今、渦中に置かれているこの闘いをまずは終わらせなくてはならないことを。
そうして山ほどある難題を、地道に、一つ一つ越えていかなくてはならないことを。
短気で単純で粗暴な彼には一番向かないことを、けれどしなくてはならないことを。

全て知っていて、分かっていて。けれど肝心なところで臆病な心は、彼がそんなことを考えていることをマリアに何一つ告げていなくて。
そもそも、本当の本当にマリアが何を考えているのか、アルベルには分からない。

◇◆◇◆◇◆

「……なあ、」
「何?」

自分の身を抱き締めるくらいなら抱きついてくればいいと思う。抱きつかれて邪魔だとか、もしかしたらこの口は勝手に言ってしまうかもしれないけれど、本心では絶対にそんなこと思わない。
今は否定しているけれど、もしも単に寒いだけなら彼が温める。
もしも何かを怖がっているなら、彼がそれから彼女を守りきってみせる。
それだけの自信はあるから。
――自分の身を抱き締めるくらいなら抱きついてくればいい。

「あ……」
「え?」

――アルベルばかりではなく、マリアにも彼を必要としてもらいたい。

◇◆◇◆◇◆

自分が結局は口では何も伝えられていないから、マリアにだって何かを言えとは言えないけれど。自分が態度で示しているのだから、マリアだってそうしろと、そんなことも言えないけれど。
どんな方法でも良い、マリアの心のカケラを知りたいと、アルベルはそんな風に思う。

求められたなら応えるから。
彼の望みに本心から同意してくれるなら、どんな困難でも乗り切ってみせるから。
同じ道を、人生を、歩こうとしていると知ったなら。
「無理」も「無茶」も「無謀」も、「当然」に変えてみせるから。

――自分の身なんか抱きしめるな。
――自分に抱きつけばいい、求められたい。
エゴだなんて分かっている、それでもそう望んでいるのは事実だから。

◇◆◇◆◇◆

「……マリア、」
「どうしたの、アルベル? らしくないわよ??」

過去も未来も興味がなかった。
自分の死さえ、まるで客観視していられた。
――彼の中でそんな自分が「過去」になったのは、一体いつからだっただろうか。

大切で、思い入れるあまり触れることさえ気後れする。
そんな気持ちを知ったのは、一体いつだっただろうか。

すべてはたった一人の女に塗り変えられて。
彼のすべてを変えてしまった女が今、

――小首を傾げて、彼の言葉を待っている。

その細い腕は、まだ彼にのびてはいない。

―― End ――
2006/01/09UP
抱きしめる / 好きだから5のお題_so3CP混合_
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抱負 [抱きしめる]
[最終修正 - 2024/06/14-16:00]