――あまりに細いその身体がいつか消えてしまうのではないか、
馬鹿げた考えが、
けれどずっと、ずっと頭の中にある。

―― 抱拳 [抱きしめる]

「……っ!」
かすかな息を呑む音が聞こえた。フェイトは何気なく振り返って、次の瞬間大きく目を見開く。

開けた野原で、モンスターに襲われた。仲間一人あたま三匹ほど割り当ての、それなりに大群がいっせいに襲ってきた。とはいえ脅威といえばその数くらい、もちろん気を抜いていてはいつだって生命がいくつあっても足りないけれど、焦ったりしなければたぶん普通に勝てるはず。
特に誰がそう言ったわけでもないけれど、全員それが分かって。あるいは得物をかまえてあるいは呪文を唱えて、そうして戦闘に突入した。

◇◆◇◆◇◆

振り返った先、フェイトからは直線距離でモンスター二匹を挟んだ先。そこにはマリアがいて、中遠距離を得意とする彼女らしく一人距離を取ろうとして、しかしその途中大型の鳥モンスターが飛びかかってきたらしい。
猛禽特有の鋭い爪が生えた太い脚が彼女の細い腕をつかんで、
マリアの口が大きく開いたのは、何かを言いかけたのかもしかしたら痛みにだろうか。
鳥はどうやらそのまま、
そのまま彼女を空へと連れ去ろうとしている。

――フェイトにはそう見えた。そう、思った。

◇◆◇◆◇◆

助けに行こうにも、距離がある。そうこうしている間に直線距離に別のモンスターまで入り込んで、その間を縫おうにも――走っていって間に合うとは思えない。
フェイトの得物は、剣。ある程度近い距離ならそれを投げ付けて攻撃しても良いけれど、今ここでそれをしたとして果たしてマリアを助けられるかといえば――たぶん望み薄だろう。
よそ見をした彼に絶好の機会とばかりに襲いかかってきたモンスターは、そちらを見もしない彼の一撃に沈んだ。間に合わないと思いつつも走りかけて、けれど焦りがどんどんつのる。
瞬間、額にちかりとした痛み。
脇にいて悠長にこぶしを見舞っていた金髪大男が顔を引きつらせる。
――やめろ馬鹿お前、そんなもん、
言いかけてのびてきた手を振り払って、その時。

顔をゆがめたマリアが、つかまれた腕とは逆の手でブラスターを放ったのだろうか。
がくん、と鳥がのけぞって力がゆるんだその隙を突くように彼女の脚が、

◇◆◇◆◇◆

「……無事かい、マリア!?」
「大袈裟ね……ちょっと痛むけど、こんなものどうとでもなるわよ」
やっとの思いで周囲のモンスターを蹴散らして、フェイトがようやくマリアのそばに駆けつけたなら。一人あたまのノルマ、三匹目にトドメを刺した彼女がさすがに肩で息をしながら、けれどいつもの気丈な態度で肩をすくめてみせた。
痛めた、の言葉のとおり先ほどつかまれていた腕を庇うように、顔に少し疲労が見える。
けれど確かに、どうやらそれ外は無事のようで。
「焦ったよ……もしかして連れ去られるんじゃないか、とかって」
「気の回しすぎよ。
大体、向こうがいくら大型だからってひと一人ぶら下げていれば機動力は削いだも同じ。たとえ両腕ふさがって私にはどうにもできなくても、フェイト、キミとか誰かとかが助ける隙なんていくらでもあるわ」
「そ、」
――それはそうかもしれないけど、
言葉に詰まる彼に、ここでようやく笑顔が向いて、
「心配してくれて嬉しいわよ? けど、そういう悠長なことはこの戦闘を終わらせてからにするべきじゃない??」
周囲の空気が一気に華やぐ笑みは、けれどフェイトの目に今、まるでこの瞬間にもマリアが掻き消えてしまうのではないか。――そんな風に思わせて。

◇◆◇◆◇◆

――馬鹿な杞憂だと分かっている。

けれどフェイトの知るマリアは細くてか細くて、強いふりをしているけれど儚くて、強く見えるからこそなおさら脆く見えて、知れば知るほどマリアはフェイトの「現実」から剥離していって、
だから。

――あまりに細いその身体がいつか消えてしまうのではないか、

馬鹿げた考えが、
けれどずっと、ずっと頭の中にある。
こうしている今も、目を離した瞬間に。たとえば影だけを残して、たとえば気配だけを残して。

――いつか彼の前から消えてしまうのではないか。

そんな愚かな不安が、ふとした瞬間に襲ってくる。

◇◆◇◆◇◆

「――マリア、」
「ほら、まだ戦闘は終わってないわよ。無駄話はあと、早く、」
「抱きしめても良いかい?」

――触れて確かめたい。
――ちゃんとマリアがここにいるのだと、確かめたい。

色でも欲でもなくて純粋に思って、思いが言葉になってあふれていて、
まっすぐ向けた視線の先、今にも掻き消えてしまうのではないか、そう心配されているマリアは、
むっと視線を厳しくすると、ふい、とよそを向いてしまう。
「……マリア?」
「戦闘中よ!!」
よそを向いたまま、怒鳴られる。

◇◆◇◆◇◆

体重がないもののように、ただいつもどおりなんだか鈍足で走り出した背中に。
「今度さらわれたら、今度は、ちゃんと受け止めるからな!」
「そう何回もあるわけないでしょう! 馬鹿言ってないでほら、向こうにまだ敵がいるわよ!!」
「じゃあ、この戦闘が終わったら、」
――終わったなら、
言いかけた言葉が音になるよりも早く。いつの間にか死角から近寄ってきていたモンスターが二匹、息ぴったりに遅いかかってきた。邪魔された怒りと照れと気恥ずかしさ、気持ちが伝わってくれない苛立ちまじりに。
ぎりっと奥歯を噛みしめたフェイトがぎしっと長剣を握りなおして、その二匹に刃を向ける。

◇◆◇◆◇◆

――本当の本当は、きっとマリアがちゃんとそこにいるなんて分かっていて、
――ただ、触れたいだけなのかも。

刃が食い込む瞬間、もしくは直前、そんなことを思った。
おかげで気が散ったか、二匹目に届くつもりの刃は空振りに終わった。むっとして踏み込んで逆薙ぎに一撃、今度はちゃんと当たる。

……そう、彼女がパーティに合流してからいつの間にか目でマリアを探す癖がついていて、
こうしている今、彼女は――まったく別の敵にいつもどおりの鋭い蹴りをはなっていて。

いつもどおりが、嬉しい。

――そう、確かめなくてもきっと。
――彼女はすぐそばにいてくれる。

―― End ――
2006/01/17UP
抱きしめる / 好きだから5のお題_so3CP混合_
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抱拳 [抱きしめる]
[最終修正 - 2024/06/14-16:01]