でも、……ねえ、それでも。
聞いてほしい言葉がある。
あなたに聞いてほしい言葉がある。

―― 言 [言葉に出来ないほどの]

「……ねえ」
一体何を考えていたのか、記憶をたぐってもよく分からないけれど。
「アルベル」
「あ?」
分からないけれど、なぜか。気が付いたら彼の名を読んでいた。

◇◆◇◆◇◆

旅の最中で、冒険中で。はじめて来た場所にキャンプを張っていて。
食事の用意やら周囲の見回りやら来る途中目星を付けていたところへ少し戻って飲み水の確保やら。
アルベルは――「使われる」ことにぶつくさ言いながらテントを張っていて。マリアは実は一番楽な寝床の、というか毛布の用意をしていて。
そんな用で周囲には誰も見当たらなかった、アルベルとマリアの二人きりだった。

◇◆◇◆◇◆

これだけ近くにいて、特に険悪ではないむしろ恋仲の相手に呼ばれればきっと当然なことに、アルベルが何の用だと顔を向ける。当然のはずなのになんだか驚いて、一瞬マリアの思考が動きが止まる。
そのままかっきり三秒、特に何をするわけでもなくまじまじ顔を見合わせて、
「なんだ」
「え……あの、」
何を言おうとしたのか自分で見失って、マリアの目が泳ぐ。いつでもほとんど隙のない――精神的な隙のない彼女が珍しいなとそんなマリアをアルベルがなんだかおもしろいものを見る目で見ている。
両者の距離は、四歩ほど。
決して遠くはないけれど、死近距離というには少し距離がある。

◇◆◇◆◇◆

――ええと、何を考えていたのかしら。
三秒経って。見た目は凍り付いたまま、それでもようやく動きを取り戻したマリアの脳が回転をはじめた。はじめたもののほんの数瞬前までの自分の考えはどこにいったのか、なんだかとりとめのないことしか思い付かない。
――いつものその格好はもうだいぶ見慣れたけれど、
――この気温、むしろ肌寒いこの気温でそれって風邪を引かない?
――……いや、違う。確かに思っているけれどきっとそんなことを言いたいわけではたぶんなくて、
――ええと、

いつもより瞬きの間隔が短いマリアが懸命に考えて、そんな彼女にアルベルがじりじりと近付く。本人はきっと距離を詰めていないように見せようとしているのだろうけれど、そこは気の短いアルベルのこと。落ち葉を踏み付ける小さな乾いた音でマリアが気付いて、
両者の距離はあと三歩。

◇◆◇◆◇◆

――何を言おうとしていた、私は何を、
「……思うのよ」
――何を。
分からない自分の思考と勝手に動く口に驚いているのに、動きはじめた口は止まらない。きっと意識して止めない限り、ぺらぺらと動く。
「今はこんな生活だし、戦いの毎日だし。キミは、あなたはいつだって嬉しそうに敵に突っ込んでいくし、私はそれを止められないし」
ぴくりとアルベルの眉が跳ね上がって、二人の距離はあと二歩。それだけしかない、しかも無理をすればたったの一歩で距離はゼロになる。
頭は目はそんなことを測って、けれど口が勝手に動く。動く口を止めるだけの考えが、マリアの頭はまとめられない。
「戦うのはあなたなんだから、あなたの戦闘スタイルに部外者の私が口を挟むのはどうかと思うし。実際、今まで戦ってきてそういう無謀な戦い方に落ち着いたと思うんだけど、」
「喧嘩売ってるのか」
――買うぞ阿呆。
低く唸るアルベルに、マリアはふるふると首を横に振る。相変わらず思考はどうやら空回りしているし、口は勝手に動くし。
けれど無意識が本音なら、自覚していない本音を聞きたい気も、何となくしてきた。
してきた、ような気がする。

「思うのよ。……言っておかないと、って。後悔するのは真っ平だし」
「だから何を」
――まったくだ。わたしは一体何を言いたいのだろう。
呆れる思考、眉を寄せるアルベル。眉を寄せながらまだじりじり距離を詰めて、あと一歩、手を伸ばせば触れられる距離。
たぶんそのとおりに手を伸ばそうとする彼に、マリアの口は、

「好きよ」

――なんだか爆弾発言を、していた。

◇◆◇◆◇◆

「…………っ!?」
ことこういった方面でマリアの経験値はゼロで、方面違いかもしれないけれどアルベルは今までにまあそこそこいろいろなことをしてきている。だからこうして彼のうろたえる顔はほとんど見たことがない。
――そんなことを彼女の脳の冷静な部分が冷静に分析して、
残りの脳ミソは、というか脳の大部分は。
自分の台詞およびうろたえたアルベルに、何だか思いきり照れている。

こういったことは、距離も詰められたことだし抱き付きながらいってみればきっとその破壊力は増すのに、とか。
いや、破壊してどうするそもそもそんなことできないだろう陽はまだ高いし今にも仲間たちが帰ってくるかもしれないし、とか。
どうせするならいっそキスしてしまえばもっとアルベルもうろたえてくれるだろうか、とか。
だから自分にできそうなことを思い付くべきだろうプライドと羞恥心でどうせ何もできないくせに、とか。
照れる脳がそんなことをぐるぐる考えて、

無意識のはずの本音は、結局はいつだって思い知っていることで。ただ、無防備に口にできただけ勝手に動く口は便利だったのかもしれない。

◇◆◇◆◇◆

分かっている、この感情は言葉になんてできない。
言葉でまとめられるほどこの気持ちは小さいものではないし、
言葉で受け止められるほど、きっと安っぽくないし。
言葉で言うことができるほど、そもそも私はかわいい性格をしていない。

本当は分かっている、分かっていた。
「好き」なんて言葉で伝えきれるものではないし、彼に抱く感情はそんな一言でまとめられるものではない。照れずに全部言葉にできたところでそれを彼が全部理解してくれるとは思えないし、全部を言葉にできるはずがないし、全部理解されなくてもむしろそれで良いと思う。

――でも、……ねえ、それでも。
――聞いてほしい言葉がある。
――あなたに聞いてほしい言葉がある。

ただ、伝えたい言葉が、
音にして自分でも確認したかった言葉が。

――そうだ、たとえ全部を言葉にすることができなくても、
――それでも私は。
――私は、彼が、

◇◆◇◆◇◆

「……それは襲えということか?」
「そんなこと誰も言ってないじゃない!」
うろたえながらも真面目に考えていたらしいアルベルがぼそりとつぶやいた。
一瞬呆けて、なぜそうなるのか、と。
マリアが憤慨する。憤慨しながら、
――それもアリかも、とか、
――いや違うからそんなことは思っていないから、とかなんとか。

思いながらマリアの顔は苦笑のかたちにだけれど確かに笑みを浮かべていて。そんな彼女を見るアルベルの目がやさしい、そう思うとなんだか、
嬉しい。

―― End ――
2006/02/19UP
言葉に出来ないほどの / 雰囲気的な5つの詞:想_so3アルベル×マリア_
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言 [言葉に出来ないほどの]
[最終修正 - 2024/06/14-16:06]