何を言えばいいのだろう。
何と言ったら、通じるのだろう。
「アルベル」
「?」
空気の抜けるような間の抜けた音を立ててドアが開いた。ディプロの割り振られた部屋で、これは一体何をどういじったらどうなるのかと。あくまで暇つぶしに、しげしげ部屋備え付けのキカイを眺めていたアルベルは振り返って、
「……なんだそれ」
思うよりも早く素直に疑問を口にして、「それ」を指差していた。
「おすそ分けにきたの、お酒好きよね?」
彼の疑問に答えているのかいないのか、いっそ見事なほどあでやかにマリアが微笑む。そうして「それ」と共に特にことわりもなく、ついでに警戒もなく部屋に入ってきた。
――どうやらあの金髪馬鹿が、他のクルーそそのかして酒盛りバカ騒ぎをしようとしていたところをぎりぎり発見して。山ほど持ち寄った酒類をすべて没収してきたらしい。
たったそれだけを聞き出す間に、瓶が一本きれいに空いた。
部屋に一脚しかない椅子にマリアが陣取って、やけに機嫌よく杯を重ねている。アルベルはというと椅子を取られたのでベッドにあぐらをかいて、そんな彼女の姿を肴に同じくぐいぐいやっていた。
「別にね、休憩時間のクルーだけならかまわないのよ。彼らにもプライベートってものがあると思うし」
別に文句も何も言っていないのに、なぜかいいわけがましくマリアがつぶやいている。どうでもいいので特に反応しなかったら、さらにいいわけを重ねるように、
「久々にディプロに戻ってきて、浮つくクリフだって分かるわよ? でも当直当番までそそのかすことないじゃない」
――ねえ?
訊ねてきたので適当にうなずいたら、不安いっぱいだった顔が笑みにほころんだ。
「……けっこう上物のお酒ばっかりだったし。没収したからって隠しておいても、あのクリフだもの。いつの間にか抜け目なく見つけるだろうから、だったら呑んでなくしちゃおうと思ったの。
どうせならあなたに「協力」頼もうかな、って」
何が面白いのか、くすくすけらけら笑い出して。
いつもの冷静さもまあ良いけれど、こうして華やかに笑う彼女はそれはそれで見ていて心がほころぶ。そして彼女の言葉どおり林立する酒類はすべてそこそこモノが良いらしく、文化が違う上無駄に舌の肥えているアルベルにも素直に美味いと思うものだった。
不機嫌になる要因はないし、それをからかってくる人間もいない。
だから何も考えずに次の酒瓶を手に取って、機嫌よく手酌でやって――ああ、これも当たりだと、たぶん自覚以上に頬を緩めた。
「ねえ、アルベル」
上気した顔、とろんとした目でマリアがささやく。完璧にアルコールのせいだと分かっていても、少し低い掠れた声は、酔った頭になんだかとてつもなく蠱惑的に響く。
そんなアルベルに気付くこともなく、かくりと細い首をかしげたマリアが、
「そのお酒、美味しい?」
まっすぐに細い指が示したのは、彼が手に持っている酒瓶。
「……甘口の酒じゃねえがな」
「ふーん……」
彼女の酒の趣味は知っている。というか甘いもの好きの彼女を知っている。
そして彼の舌には美味いと思うけれど、これは彼女好みの甘口の酒ではない。
だからそう言うと、酔っ払ったマリアは酔っ払った目でまた一口含んだ彼を凝視して、
「一口くれないかしら」
「お前の舌には合わねえよ」
「うん、でも呑んでみたい」
やけにしつこく食い下がるので、まじまじ見ればえへらと笑った。珍しく完璧に酔っていやがる、などと思いながら、まあいいかとグラスを差し出す――前にもう一口呷って、そしてアルベルは今度こそ彼女にグラスを差し出した。
マリアは言いながらちびちび呑んでいた、それこそ甘口の酒入りのグラスをテーブルに置くと。
さし出されたアルベルのグラスに細い手をのばす。
――と思いきや、その手は明らかにグラスを受け取らずに、
……なんだ……?
けっこうなハイペースで呑んでいて、アルベルもしっかり酔っていた。だから反応が遅れた。
マリアの両手ががしっと無造作に彼の顔を抱えて、
「!?」
いかにも無造作に、彼の唇に吸い付いた。
――今日の俺の言葉は、一体どれほどこいつに届いているのだろうか。
思わずそんなことを考えて現実逃避した彼に、たぶん罪はないと思う。
やわらかいモノが口内にするりと入り込んでなでて、――時間的にどのくらい経ったのか凍り付いた彼には分からなかったけれど、とりあえず触れたときと同じように唐突に唇は離れた。
ぺろり、自分の唇を舐めるマリアが、酔眼にはやけに官能的に映る。
――これは、襲ってほしいということだろうか。
酔った頭がそんなことを思う。
潤んだ目がそしてまっすぐ彼を見て、たった今まで彼に触れていた唇がうっとりと開いて、
ささやいた。
「……アルベル、お酒くさい」
…………、
……いやまあ、こうして呑んでいるわけだし。
……つか、マリア。お前だって呑んでいるだろうが俺と同じくらい。
凍り付いたアルベルの頭がそんなことをうめくのに、瞬き十回はたっぷり必要だった。
その間にマリアは整った顔をかなり本格的にしかめて、
「……にがい、えぐい……」
――だから言っただろうが、
しっかり我を取り戻していたなら確実にアルベルがそう呻くだろう台詞を吐いている。
「あんなに美味しそうに呑んでたじゃない」
……甘くないが、上物で美味い酒だろうが。
思っても、言葉にならない。
――何を言えばいいのだろう。
――何と言ったら、通じるのだろう。
――――いや、そもそも自分は何を考えて何をどう伝えたがっているのだろう。
分からなくて、酔った頭はまったくとりとめのないことしか考えつかなくて、
「――てめえの酒もよこせ」
そうつぶやいて、手をのばしてまだそれなりに近くにいたマリアを抱き寄せて。先ほどの彼女の真似をして「味見」してやろうとしていて。
そしてマリアの赤い顔が。
果たして本当に酔っているせいなのか。
――そんな不穏なことを、酔った頭は、
