そして血まみれの彼に、彼女は息を吐く。
息を吐いた彼女に、彼は舌打ちをする。

―― 血 [何でこんなの好きになったんだろう]

「……時々さ、思うんだよ」
無言で差し出された腕には、今もだらだらと血を流す大きな傷。いつもの呪文を唱えて手に生まれた光をそこへとかざせば、傷はゆっくり消えてあとにはただ流れた血の、痕。
乾いた血でごわごわになった布地に文句を付けるように、仏頂面で怪我の治り具合を確認するように。ゆっくりと腕を曲げたりのばしたりするアルベルに、ネルがぼそりと息を吐いた。
「?」
別に先を促すわけではない、けれど注意を向けたアルベルが分かるのだろうか。
やれやれと細い肩がすくめられる。
見ていないけれど、鋭くて冷たい目が突き刺さるのが分かる。
「思うのさ、
――あたしは何で、こんなの好きになったんだろう、って」

◇◆◇◆◇◆

……言われて反射的に腹を立てて、
けれどそれはお互いさまじゃねえか、と。
思った。

そう、つくづく思うのだ。
――俺は、なぜこいつを選んだのだろう。
――他の誰でもなく、なぜこいつを。

◇◆◇◆◇◆

それは、いつもどおりの光景だった。
戦闘開始と同時、刀を引き抜きながらアルベルが疾る。闘いを何よりも楽しいモノとするそんな彼とは違うから、一拍、かすかに遅れをとるネルも短刀を引き抜いて。
敵陣へと突っ込むアルベルは、防御に気を回すことをしない。それだけの余裕があったら刀の振りに、鉄爪の軌跡に心砕く。だったら装備を厚くしろといつか言われたこともあったけれど、防御力の高い鎧はつまりは重いから。表面積が大きくて、結果的に動きづらくなるから。
だから軽装で突っ込んでいって、攻撃は最大の防御とばかりに刀を鉄爪を振り回す。
その戦い方が間違っているなんて、いくら言われたところでアルベルは思わない。

……大体、それで怪我をしたところで何のかんの言いながら癒すではないか。
……彼女が、あるいは他の誰かが。
……死にさえしない限り、どんな大怪我をしようが結局は何のかんのと蘇生させるではないか。

自分が間違っているとは、だからやはりまったく思わなくて。
口やかましく騒ぐネルが、ネルが口うるさく騒ぐたびにアルベルは、
――むしろそんな彼女を選んだ自分を。
――疑いたくなる。

◇◆◇◆◇◆

「もっとさ、せめて自分の身くらい守ってみたらどうなんだい。戦闘終わればいつもいつも、必要以上に重症じゃないか」
「……うるせ」
「今まではたまたま運が続いただけじゃないのかね。あんな戦い方してたら、いつか取り返しのつかないことになるよ」
「……そんな阿呆なこと誰がやるか」
「分からないだろう? ヒトはけっこうあっさり死ぬもんなんだよ。今ぴんぴん憎まれ口叩いていたところで、ひょっとして明日の今日は、あんた、死んでるかもしれないよ?
……ああ、やだねえ。想像したらなんだか違和感ないじゃないか」
「知るか」

今日はやけにからんでくるな、とアルベルは仏頂面を深くしてみた。
よく分からないところでいろいろ引きずられるこの女のことだから、どうせくだらない何かがあったのかもしれない。
何か変な夢を見たとか。誰かに何かを言われたとか。ウォルターと死闘を演じたとかの父親のことでも、ふと思い出したのかもしれない。

いくつか考えたところで、馬鹿馬鹿しくなって思考を止める。
訊ねたところで素直に答えを吐く女ではないし、だったら訊ねるだけ時間と気力の無駄だと思う。

◇◆◇◆◇◆

別に、どういう戦い方をしようとかまわないと思う。
周囲すべてが敵なら、何も考えずに刀を振るうだけですむ。切っ先を、刃の軌跡を見ていないわけではないけれど。斬るわけにはいかない誰か、何かが刀の届く範囲にいると面倒だ。

ただでさえ「仲間」などという煩わしいものが増えたのだ。
ただでさえ「恋人」などという煩わしいものが増えたのだ。

これ以上面倒ごとを、特に戦闘中に引き起こされてたまるか、と思う。
何も考えずに血に酔えばすむ戦闘に、ややこしいことを連れ込まれてたまるか、と思う。

思うけれど説明する気も起きなくて。
だからアルベルはそっぽを向いた。
ぴくり、不愉快そうに跳ね上がったネルの眉に、……見ないふりをする。

そして流れた血で、自分がヒトなのだ、まだヒトでいられるのだと確認している。
それもまた、説明しないことにする。

◇◆◇◆◇◆

「……あんたはさ、」
「うるせえ」
黙っていたらどうやらいつまでも続きそうな説教に、短気なアルベルは飽きた。
話を聞く意思がないことを示すようにそっぽを向く彼に。追いすがって耳までつまんで説教を続けようとする彼女を。面倒くさくなってその顎をひょいとつかんだ。
びっくりしたように目をまん丸にする彼女に、にやり、笑いかけて。
――実力行使で黙らせる。

◇◆◇◆◇◆

趣味は合わないし、性格もどうやら正反対で。
彼にとってはまるで見当違いのところを怒るネルが。
けれど、それでも好きなのだと思う。
口やかましいことには閉口するのに、理由がどうあれかまわれることは嬉しいから。
理由は分からないけれど、だから好きなのだと思う。
どんなに呆れても離れていかないあたり、この女も同じだと思う。

◇◆◇◆◇◆

――戦闘が終わった。
そして血まみれの彼に、彼女は息を吐く。
息を吐いた彼女に、彼は舌打ちをする。

たぶんこの関係は。
――ずっと続くのだと、
――ずっと続いてくれたら、と、
性格も趣味もその他も、全部重なりあう必要なんてきっとないのだ、と。

それでもこの心ざわめかせる感情が、そして彼女の彼に抱く感情まで。
ずっとずっと、同じでいられたら、と。思う。
ずっとずっと変わらないでいてほしい、と。
思う。

―― End ――
2006/02/11UP
何でこんなの好きになったんだろう / 愛する貴方に5つの題_so3アルベル×ネル_
OFP
中国語・無断転載禁止 ハングル・無断転載禁止
血 [何でこんなの好きになったんだろう]
[最終修正 - 2024/06/14-16:10]