感じている、信じている。
あなたを、あなたの心を。
きっと、そんな風に思う心を抱く――自分よりも。

―― 愛 [だから愛してるって言ってるでしょ!]

「……あのさ、」
切り出して、瞬間、後悔した。あたたかい――というよりはむしろ熱い肌に触れていられなくて、心がすくんでしまって気後れしてしまって、だから彼から身をはなして、起き上がる。
起き上がろうとする。
実際には距離を取ろうとした時点で、逃がさないというように身体に腕が回って。いつもながら力の加減を知らない彼に、捕まってしまったけれど。

別に、切り出しただけだから続きを言う必要はなかったのだけれど。別の話題を振っても良いし、何ごともなかったように口をつぐんでも良かったのだけれど。
けれど、口は――言葉は、あふれて。

「あんた、何も言ってくれないんだね」
もちろん目なんて合わせられない、いつものはっきりした声にさえできない。
捕まってしまったけれど彼の胸に腕を突いて、ほんの少しの隙間を確保してそこにうつむきながら。ほとんど口の中だけのもごもごした声で、つぶやいた。
――伝わるといい、言葉ではなく心が。
そう思う一方で、
――伝わらないといい、言葉も、心も。
矛盾する心がそんなことを思って、
「――阿呆」
いつもの、口癖を聞いてしまえばきっと伝わってしまったと分かってしまった。
いつからだろう、隠しごとができなくなった彼に。やはり隠すことができずに、それがきっとすべて伝わってしまったことを、知った。

◇◆◇◆◇◆

熱がある程度引いて、息がある程度落ち付いて。たぶん女もそうだったのだろう、いきなり何かをつぶやいた。
具体的にその言葉を聞いたわけではない、むしろそのすぐ直後にゆるく腕を回していた身体がぎくりと硬くなったこと、すぐにそのまま彼から離れようと、距離を取ろうとしたこと。
耳に聞いた言葉よりも頭がそれを理解するよりも、そちらの方が早かった。
逃がさない、腕に力を込めて抱きすくめる。いつものように勢いが過ぎて力を入れすぎて、苦しそうにもかがせてしまってからしまったと力を抜く。力を抜いてももちろん逃がすつもりは毛頭なくて、
何を思ったのか知らない、何を言いたかったのかも分からない、でも何となく思うことは感じとることのできる彼女を。
ただ、抱きしめた。

そうして、どれだけ時間が経っただろう。長かったかもしれないし、ほんの一呼吸だったのかもしれないけれど、とりあえず分からない空白があって、先ほどのあれは空耳か、もしくは気が変わって言うのをやめたのかと思ったとき。
「あんた、何も言ってくれないんだね」
ぼそり、女にしては不明瞭な声がつぶやいた。
何のことか分からなかったけれど、言われた瞬間何かが分かった。分かったけれど何を返したらいいのか分からなくて、ただ、
「――阿呆」
ただ、いつもの台詞が口からこぼれていて。

――たとえば愛の言葉なんか、いらない。
――この男の口からそんなもの聞いても、たちの悪い冗談とか無理やり台本を棒読みさせられているとか。そんな風にしかならないから、ならないと知っているから分かっているから。
――だからそんなもの、ほしいわけじゃない。

――でも。

◇◆◇◆◇◆

「……あんたは、とことんいろいろ寸足らずすぎるんだよ」
「うるせえ。……少なくともてめえに関しちゃ、態度で示してるつもりだがな?」
――足りないなら、そう言え。
冗談を六割ほどで、なめらかな肌に手を這わせれば。本気が半分ほどの頭突きがやってきて、さすがに手を止めた。
「……何しやがる」
「自業自得だろう」
先ほどの不明瞭なつぶやきはどこへ消えたのか、いつもの切り返すような紫が暗闇の向こうに見えた気がして。とりあえず、それ以上は動かないことにする。

「――別にあんたにさ、……期待してるわけじゃないんだ」
一度は彼をにらんだのだろう目がきっとまた伏せられて、またぼそぼそした声に、
――「何を」、というのが見事にないことに、そういえば先ほどもなかったことに気が付いた。
「ほら、あんたって口下手だろう? 悪態は吐くけど、逆いえばそれ以外の言葉なんかまるで吐かないじゃないか。
だから、期待なんかしてないんだけどさ」
――なかなか言ってくれるじゃねえか。
思うけれど、それよりも。そういえば、こうして肌が触れ合っていてはじめて分かるほどのかすかなふるえに、女が、彼女がふるえていることにも気が付いて。別にだからといって、彼がマイナスの感情を抱くことなんてない、そんなこと分かっているはずなのにふるえていて、
「何を、だ……?」
からかう気持ちを忘れて、疑問でもなくて、ただ気を逸らしてやりたいために口を出たことば。
ぎくん、やわらかな身体が一瞬跳ね上がる。

◇◆◇◆◇◆

――そんなこと、言えない。
――言えるはずがない。
――言えたなら、言うことができる性格なら、もっと早く訊ねていた。
――分かっているくせに。

「……じっ、自分で考えな! ばか!!」
「考えたとこでてめえの考えとぴったり一致するなんて限らねえだろうが阿呆」
顔が熱い、何だか鼻の奥がつんとする。夜で、明かりがなくて良かったと思う反面、自分が夜目が利くように、この男だって同じく暗闇でもそれなりにモノを見ることができることを思い出して。
ばれないことを、ただ祈る。
恥ずかしさで、それ以上はなんだかうまく頭が回らない。
「言ってみろよ、てめえがどんな言葉欲しがってんのか。言ってやるぜ、くり返してやる――今の俺は機嫌がいいからな」
「自分で考えろって言っただろうこの馬鹿! 大体、そんなもんほしいって言ってもらったからって嬉しさ半減じゃないか!!」
「ほぅ。……たとえば?」
「――……言えないって言ってるじゃないか!」

◇◆◇◆◇◆

子どもみたいに言い合って大声を出しあって、喧嘩をしているのかじゃれているのか分からない勢いで押し合いへし合いして。
きっと顔にも負けない赤い顔で暴れているネルを想像すると、暗闇の向こう、色の見えない闇の向こうに、そんな彼女を想像すると。
にやにやと口元がゆるむ、当初の目論見なんてきれいに頭から蒸発している。
「――なんだよ、てめえが俺にそんな言葉向けたことあったか?」
「いっあっ……だ、だからねだってなんかいないじゃないか!!」

――愛している。
――好きだ、大切だ。
――未来を共に過ごしたい、良いも悪いも一緒に分け合いたい。
きっと、そんなところだと思う。確かに口に出して明確に言ったことなんてないはずだし、きっとこれからもないと思う。
自分からも、女からも。それこそ態度に出すことはあっても、言葉になんてできない。
勢いで言葉にできるとも思えないし、きっとそれはネルも同じだろう。

◇◆◇◆◇◆

――感じている、信じている。
――あなたを、あなたの心を。
――きっと、そんな風に思う心を抱く――自分よりも。

それでも、――だからこそ。
言葉にしたいけれど、できない。想う気持ちが大きすぎて言葉では足りない。

そういう意味ではなく、もこもこ動いていたベッドのシーツが不意に止まった。
その下では、――とりあえず。

互いが互いに、言葉を封じている。封じあっている。

―― End ――
2006/03/11UP
だから愛してるって言ってるでしょ! / 愛する貴方に5つの題_so3アルベル×ネル_
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愛 [だから愛してるって言ってるでしょ!]
[最終修正 - 2024/06/14-16:10]