この距離を、このへだたりを。
広げるのは淋しくて、縮めるのは怖くて。

―― 怯 [この距離を壊したくない]

「…………おい」
「は、っ、はいっ、何ですかアルベルさんっ!?」
呼ばれて、思わずびくんと姿勢を正していた。そのままあわてて声の方を向けば、どう贔屓目に見てもうんざりした顔がそこにある。
「お前はここに何しに来たんだ?」
「あ、そ、の……っ」
問われて言葉に詰まって、焦りのおかげで頭の中が真っ白になって。自分でも意味の分からない息をあれこれ漏らしていたら、ちょいちょい、と指で招かれて、
「いいからこっちに寄れ。遠い」
――言葉が理解できない。せっかくの彼の言葉が、一字一句ちゃんと聞こえるくせにうまく理解できない。
コミュニケーターだってちゃんと作動しているのに、ソフィアの頭にはアルベルの言っていることがどうにも理解できない。

◇◆◇◆◇◆

最初に会ったとき、彼は抜き身の刃物を下げて凶悪な笑みを浮かべていた。
――それは「会った」とはいえないのかもしれない、すぐにバンデーンの銃で撃たれて倒れてしまったから。

次に会ったとき、彼は貧血に青い顔をしていたものの不敵な笑みを浮かべていた。
――それだって「会った」とはいえないのかもしれない、きっと彼の目にはソフィアの存在なんてまるで映っていなかっただろうから。

その後しばらくはきっと、彼の目にソフィアは映らないままで。
一行の旅に同行しはじめて数日後、ようやく「……てめえ誰だ? いつの間にいた??」なんて言葉をかけられた。

けれど、たとえアルベルに認識されていなくても、そうと知っていても。ソフィアの目に、彼は強烈な印象でくっきり残っていて。もちろん格好が派手で、顔立ちが整っていたのもあるかもしれないけれど、気付けばいつの間にか視界にアルベルを追うようになっていて。
それが「恋」かもしれないと思いはじめたのは、いつだっただろうか。
そんなソフィアの想いがどう伝わったのか、おざなりだった彼の態度がやわらかくなりはじめたのは、いつからだっただろうか。

◇◆◇◆◇◆

――こっちに寄れ。

三拍ほどかけて、ゆるゆるとそれでもなんとか言葉が脳みそに浸透した。
言われた内容が分かった瞬間、ソフィアの顔がぼふっと赤くなった。
「……っ!」
ぶんぶん、必死に首を横に振る。別に大したことではないだろうと頭のどこかが、自分さえ呆れている声が聞こえてきたような気がするけれど。けれど心臓がばっくんばっくんいっていて、顔が熱くて頭が熱くてどうにもならない。
どうにも動くことができない、距離を詰めることができない。
「……お前な……」
がっくり肩を落とした彼が、急激に狭い視界にそれでもくっきり映っている。脱力しているのは彼女のせいに違いなくて、とても申しわけないと思う。思うけれど、やはり身体が動かない。

心と身体がまるでばらばらで、どうしていいのか分からない。
分かったところで、きっと身体は動かない。

◇◆◇◆◇◆

アルベルの態度がソフィアにやわらかくなって、それがどうやら彼女限定だと知って。
それを知ったとき、素直に嬉しかった。誇らしかった。
乱暴な口調はどうやら素で、それを気にしながらも声をかけられるのはまさに天にも昇る心地だった。たとえば怪我の治療などで、大義名分アリの触れる機会が待ち遠しかった。

彼に近寄ればそれだけでがちがちに緊張してしまって、ソフィアの方からはろくに話しかけられたものではなかったけれど。
そんな彼女に、けれど気を悪くしたようでもなく。ぎごちなくても相手をしてもらえれば、それで十分だと思う。それ以上を望むのはきっと分不相応というやつで、つまり心のどこかがねだっている自分は、どうしようもなく浅ましいのだと思う。

思って。それは、だいぶ経った今も何も変わらない。
格好悪いところなんて見せたくないのに、がっちがちに緊張することさえ相変わらずで、見せたくない醜態を、何度彼に見せてしまっただろう。

……なぜわたしは、こうなのだろう。

◇◆◇◆◇◆

――これじゃあ、ダメだ。

思って、勇気を絞り出して今日、宿屋の彼の部屋をなんとか訪ねた。正確には、幼馴染はじめ男性陣の寝泊りする部屋を訪れた。

――部屋に彼がいたのは幸運で、
――部屋に彼しかいなかったのは、大誤算で。

ずっとずっと練っていた口実は、その事実に気付いた瞬間銀河のかなたに粉々になって飛んでいってしまった。
頭が真っ白になって何も考えられなくなって、硬直したまま入口脇につっ立っていたなら邪魔だ座れと命じられて、指差されたのはアルベルも座っている長ソファ。恐る恐るそのはじに、ほんのかすかにちょこんと腰を預けて。
――それはどうやら、アルベルのお気に召さなかったようで。

◇◆◇◆◇◆

「だから、何しに来たんだお前は」
「あ、の……! わたっ、」
ソフィアがもがいている間にどうやら立ち直ったらしいアルベルが、やれやれと息を吐いている。泣きたくなりながら、けれど問いに答えたいと。きっと煙さえ吐いている脳みそを、ソフィアは無理にでも動かそうとする。

――何をしに、何が目的で……?

◇◆◇◆◇◆

答えは分かりきっている、ソフィアの中ではすでに出ている。
ただ、それを素直に説明するだけの勇気は湧いてくれない。がんばっても絞っても逆さに振っても。どこからも転がり出てはくれない。
それはとても情けなくて、淋しくて悔しい。

せっかくアルベルの方から歩み寄ってくれようとしているのに。
それを無碍に蹴っている自分に、幻滅する。

この距離を、このへだたりを。
広げるのは淋しくて、縮めるのは怖くて。

きっとたったそれだけの理由で、身体が動かない自分が許せない。

◇◆◇◆◇◆

「――お前が動かねえなら、俺が寄るぞ」
「……え……??」
言われた言葉が、聞こえたのに今度もまたよく分からなかった。きょとんとしていたなら少しだけソファが揺れて、そして。
どすん、いかにも乱暴に座ればソファのスプリングがぎしぎしいう。
スプリングにつられてソフィアの身体がぐらぐら揺れる。

脳みそがどうしようもなく真っ白に塗りつぶされて、息さえ止まってしまったよう。

精一杯手をのばしたならきっと触れることができる、そんな距離の向こう。
緋色の目がただまっすぐに、ソフィアをうかがっていた。
真っ白なのに、それだけは分かって。

――ソフィアの胸に、勇気は。

―― End ――
2006/02/03UP
この距離を壊したくない / 恋になる前の5つのお題_so3アルベル×ソフィア_
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怯 [この距離を壊したくない]
[最終修正 - 2024/06/14-16:12]