ほんの少し笑った目が、ただそれだけなのに嬉しいと思った。
嬉しいと思った自分が信じられなくて、
それでも、
……それでも。
「――あ、アルベルさん。どうしたんですか?」
「……暇つぶしだ」
調べたい、確認したいことがあるだかで一行はムーンベースに来ていて。あくまでそれはパーティリーダーおよび参謀のワガママで、彼、アルベルはこんなキカイだらけの場所に用はない。
用はないし、何だか居心地が悪い。
身体でも動かしていれば気もまぎれるだろうと、そんなつもりでしみゅれーたるーむに向かった。
まさかその手前でばったりソフィアに会うだなんて、そんなこと事前に分かりようもなかった。
別に会ったところで何をどうするつもりもなかったけれど、身体を動かして――戦闘しみゅれーしょんとかで時間をつぶそう、というのは諦めないわけにいかなくなった。
「――お前こそ何しに来た?」
内心がっかりしながら、けれど何ごともなかったように部屋に戻るのは何だか悔しくて。
だから内容によっては少女に、憎からず思っているこの少女に付き合ってやろう、と。
訊ねてみたなら、ソフィアがはにかむように微笑んだ。
「お料理で、ちょっと……試したいことがあって」
「……フン」
迷ったけれど、やりたいことが料理なら。別に手伝おうなんてでしゃばるつもりはないし、手を出したところで邪魔にしかならないだろうけれど。
それでも、同じ場所にいて大幅に邪魔になることはないだろう。
「アルベルさんは、本当に何をしに?」
「気にするな」
先にドアをくぐったソフィアが首を傾げるのに、さりげなく続きながら言い切る。そうですか? ときっとまったく納得しないまま逆方向に首を傾げるのに、いいから、とその小さな頭を包むように部屋の中央へと脚を進める。
「お肉、お酒使うとやわらかく仕上がるって聞いたので! 隠し味とか風味付け程度にしか使ったことないんですけど、ちょっと試してみようかなって思ったんです」
腕まくりまでしながら、楽しそうに種明かし――というのも違うけれど、笑うソフィアに何となくうなずいておく。
――そういえば、言われてみれば腹が空いていたかもしれない。
――でき上がった料理の相伴目当てに、部屋にいても良いかもしれない。
そんなことを思っていると、彼女がさらに笑って、
「あの、良かったら味を見てください。みんなにはうまくいったら振舞いたいけど、せっかくここにいてくれるんですし」
「ああ」
願ったりかなったりの台詞に大きくうなずいた。
そんなアルベルに、ソフィアは輝かんばかりの笑みを浮かべて、
カタマリ肉の表面を焼いてから、たっぷりのワインで煮込む。
むしろワインだけで煮込む。
結果部屋にはすぐにワインのあの香りが充満して、酒は確実に嫌いではないアルベルは、――まあ気にしなかった。そんなに酒好きというわけでもなかったから大喜びはしないものの、少なくとも嫌いなにおいではない。
だから、アルベルは気にしなかったのだけれど。
うきうきとキッチンに立った細い背中が、なんだかぐらぐらしているのに気が付いたのはそれからしばらくしたあとで。何か嫌な感じがして腰を上げた直後、その背中がふらりと、
「……おい!?」
すべりこむようにのばした手に、細い身体がぎりぎり届いた。中身が不安になるほど軽い身体が、けれど体勢の悪さからしっかりと支えきることができない。
半ば以上倒れ込むかたちで、けれどなんとか痛い思いをさせないよう、ただそんな感じに支えれば、
顔から血の気が引いて、真っ青だった。
あえぐように呼吸をくり返して、支えた身体からは力が抜け切っている。
――何が、
思って、すぐに原因に思い当たって。
「――火、……けさ、なきゃ……」
うわごとのように細い声で気にするので、良いから動くなとそれをとどめて、彼の手が火を消した。
部屋いっぱいにワインの香り、二人きり以外に、誰の姿も声もない。
誰の手を借りるのも、この状況では無理だと思う。
「……」
「起きたか」
「? あれ……わたし……」
苦しさからだろう、ひそめられた眉間に力がこもって、現れた翡翠の色にアルベルはほっと息を吐いた。
用意してあった水入りのグラスを手渡して、ゆっくり飲み干せと命令する。
うなずいて、こくり、素直にまずは一口飲んでから。
「?」
ソフィアの首が疑問に傾げられて、良いからとアルベルの手がそんな彼女の目を覆って、
「アルコールのニオイに酔ったんだよ。阿呆、もっと気を配れ」
「え……あ、……なるほど。
ありがとうございます」
素直な礼に、アルベルがそっぽを向く。その彼の顔が、真下から真上を見上げるかたちだと気が付いて――翡翠がまたたいて、
――元凶の鍋にはフタを閉めた。
――火は確実に消して、すでに気化した分はどうしようもないけれど、それでもそれ以上は防いでいる。
だからだろう、真っ白だった頬に今は少し血の気が戻ってきていて。
「真下から」の疑問の答えをあっさり見つけたらしい、ぼふっと一気に顔中真っ赤になって、
暴れようとするのに、再び目を封じるように小さな顔に手を当てる。びくん、と跳ね上がってそれでもそれ以上は動こうとしないのに、よし、と勝手にうなずいてみる。
あぐらをかいたアルベルの脚を枕に。
横になったままのソフィアの顔は、それこそ呑んだ直後のようにつやつやと真っ赤になっていて、
「体調戻ったら最後まで作れよ。――残さず食わせろ」
「ぜっ、全部食べるつもりですか……?」
本調子が戻らないのだろう、普段なら素っ頓狂な声を上げるだろうところで、かすかな声でささやいた。
ささやきながら再び外した手の向こう、翡翠がかすかに微笑んでいて。
ほんの少し笑った目が、ただそれだけなのに嬉しいと思った。
嬉しいと思った自分が信じられなくて、
それでも、
……それでも。
それでもこうして笑っていればいい。
そのためならきっとなんでもしてみせる。
「……ありがとうございます……」
――何のことだ。
蚊の鳴くような声にそしらぬ顔をすれば、また翡翠が細くなった。
かすかに動いた唇が美味そうで身をかがめたなら。
恥じらいに真っ赤になった顔が、けれどゆるく目を伏せる。
