怯えないでほしい。
躊躇しないでほしい。
それを、わたしに望んでくれるのなら。
わたしは、あなたにそれを望むから。

―― 踏 [その一歩が踏み込めない]

「アルベルさん……!」
きっと必死な顔のソフィアに肩をつかまれて、アルベルが激しく緋色を瞬いている。
場所は宿屋の彼の部屋で、彼が自費で部屋を借りたので同室のひとはいなくて、パーティメンバーの他の人たち全員、いろいろあれこれ手を回してしばらく戻ってこないはずだ。
――バカみたいだって思う。
――何を焦っているんだって、思う。
――思うけれど、でも。

◇◆◇◆◇◆

最初はただこわくて、
そのうちこわいだけではない、むしろやさしいひとなのかもしれないと思うようになって。
そう思ったのが先なのか、それとも、
よく分からないけれど、いつの間にか気になって気になって。
それが、プラスの感情からだと気付いて。それはつまり彼を好きなのだと気付いて。
ただ見ているうち、彼も自分を好いていてくれている、そんな気がしてきて。
思い違いかもしれない、けれどそうではないかもしれない。踏ん切りがつかなくてただ迷ってまごいついていたソフィアに、
最初に踏み込んできてくれたのは、彼の方だから。

想いを告げてくれた、好意を示してくれた。
それが彼女にとって迷惑なら今後近寄らない、とまで言ってくれて、ただソフィアをどこまでも大切にしてくれて。
それが、嬉しかった。

先に行動に移したのは彼の方、だったら、今度は自分の番。
――いや、そんな理由を見つけてしまえば、もう止まらなくて。

◇◆◇◆◇◆

「アルベルさん、あの、」
「……どけ、とりあえずは落ち着け」
「いやです!」
肩をつかむのは細い腕。力を込めても儚くて、無理やり引きはがそうと思えばそれは難しくない。
第一、本人はきっと全力を込めているつもりだろうけれど、
ふるえる手に入る力は、大したことがない。彼が引き離そうと思えば、そう、すぐにでもかなうのだけれど。

頬を赤くして耳まで首筋まで真っ赤に染めて、翡翠の色の目は泣きそうにうるんでいて。手だけではない、全身細かく震えていてそれでも全力で彼を、
アルベルをそれまで彼がくつろいでいたソファに、
押し倒している。

それが何を示しているのか、彼女が何を望んでいるのか、
そこまでされて分からないわけはないけれど。
けれど、

◇◆◇◆◇◆

――けれど、ああ、俺はあの時間違えたのか?
――想いは伝えずに、秘めておくべきだったのか。「そのまま」を保つべきだったのか。
――自己満足で心を告げて、
――彼女をしばって、その心を縛りつけて、
――それだけでは満足できずに、俺は、

出逢った瞬間、彼女の姿を目にした瞬間。
愛らしい外見だけではなく、彼女は自分にとって必要な存在だと思った。
必要だと思って、その理由を考えて、
――自分が癒されたがっているのだと、彼女は癒し手なのだと、
何がきっかけだっただろう、そう悟った。

悟ってしまえば、いや、悟る前から、
彼女の行動すべてを、常に気にかけていてかなうなら常に探っていて、
どうやら彼女の方も、彼を気にかけていると――それがマイナスの感情からではないと、気付いて。
ずっと見ていたから、彼女の視線の温度にだって当然気付いて。

心を告げた、ありえないことに自分を捧げようと思った。
今までの彼からすれば信じられないことだって、彼女を、ソフィアを前にすればまるで当然のことだった。
彼女が心から笑うためになら、何を、たとえ彼自身でさえ犠牲にしても、惜しくはなくて。

――けれど、それは間違いだったのだと思う。
――やはり、薄汚れて血に汚れて、
――これ以上ないほど穢れた彼が、求めていい存在ではなかったのだと思う。

身体も心も、すぐそこにいるソフィアを望んでいたけれど。きっとものすごい覚悟で彼をソファに押し倒した彼女も、同じことを望んでいるはずだけれど。
震える手は、未知のことに対してだろうと思ったけれど。
うるんだ目は、生理的なもので彼女自身の心そのものとは違うと思うけれど。

けれど、

◇◆◇◆◇◆

「……アルベルさん、わたしは……あなたが、」
「言うな!!」
言いかけた言葉、悲鳴のように上がった声。
儚い力が彼を縫い止めて、力が入らない手は彼女を退けられない。

緋色の奥の感情を、きっと彼女はすべて正しく読んでいて、
翡翠の奥の思考を、きっと彼は正しくすべて読んでいて。

怯えないでほしい。
躊躇しないでほしい。
それを、わたしに望んでくれるのなら。
わたしは、あなたにそれを望むから。

落ち着いてほしい。
大切にしてほしい。
叶えたいけれど、叶えるわけにはいかないから。
幼い今は、まだそのままでいてほしいから。

踏み込んで、踏み込めなくて。
震える手はどちらのものでもあって、
望む色はどちらの瞳にもあって、

けれど、――けれど。
けれど、

―― End ――
2006/03/12執筆 2006/03/13UP
その一歩が踏み込めない / 恋になる前の5つのお題_so3アルベル×ソフィア_
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踏 [その一歩が踏み込めない]
[最終修正 - 2024/06/14-16:13]