それが何を思っての嘘なのか、知っている。
それが誰のための嘘なのか、分かっている。
全部知っている、分かっているから。……だからなおさら、やるせない。
「……マリア」
「何? というかもう少し遠慮とか気後れとかした方がかわいげがあるわよ」
「男の僕にそんなもの求められても、困るだろ」
宿屋の部屋で休んでいたら、パーティリーダーの青年がやってきた。別に隠すつもりはないのだろう、ただ静かな空間を壊すつもりもないのか。気配を、足音をひそめてマリアのそばに歩いてくる。
「……何やってるんだい? ネルさんは、」
「この町に、というかシーハーツ領内の町村にいて、あの生真面目なネルがのんびり休むはずもないでしょう。急ぎの仕事を片付けてくるとかで、今日は泊まりみたい」
肩をすくませてみせれば、
――ああ、なるほど。大変だなあ……。
そんな感じの言葉をつぶやくとはなしにつぶやいて。しみじみうなずくフェイトが、なぜかマリアの目の前の床にしゃがみこんだ。
――抱えた能力を知ったとき、その、確実に人の手にあまる強大な力に幼いマリアは恐怖した。恐怖する心がまるで焦ったように連邦軍の機密にまでハッキングをかけさせて、今なら思う、なんて細い糸を渡ろうとしていたのか、と。
思うけれど、そのおかげでラインゴッド博士とその息子の存在を知って。
恐怖は今度は好奇心に化けて、知ることのできるかぎりのフェイトに関する情報を集めていた。
――けれど、そんなモノ役には立たなかったわね、とマリアは思う。
暇つぶしと情報収集をかねて読んでいた、読むために彼女の脇に積まれていたエリクールの本を、つまらなそうな顔でぱらぱらやっているフェイトに思う。
限界まで集めた「フェイト・ラインゴッド」に関する情報は、その情報を元にマリアが想像していた「フェイト」は。今ここにいるフェイトと、たぶんまるで違う。
彼と実際に出逢って、数日。
たったそれだけの間で、生きているフェイトにいくつもの発見をした。
――たとえば、
「……そういえばさ、マリア」
「この本? この国の識字率はかなりのものね。少し探したらけっこう簡単に手に入るんだもの」
「違うさ、そうじゃなくて」
言いながらフェイトの手がマリアから本を取り上げた。むっとにらみつけたなら居心地の悪い顔をして、ぱらりと落ちたしおりを拾って開いたところに挟む。そうしてぼすんとベッドに投げる。
「何するのよ」
「脚……大丈夫だって、何もないって証明できるなら素直に謝るさ」
――たとえば。
――ものすごく鈍感な反面、油断しているところに限って鋭くつっこんでくる。
――そうして一度喰らい付いたなら納得するまで離れない。
「だから、一体何の話?」
「だってさ、」
部屋備え付けのテーブルセットに腰を下ろす彼女の目を、ちらりとだけのぞきこんで。まったく、なんて素早さだろう。ひょいと姿勢を低くすると、彼女の右足をつかんでしまう。
驚きと、羞恥と混乱と。――そして走った痛みに。
一瞬凍り付いたマリアの目を、もう一度まっすぐ見上げてきた。
「町に入る前の戦闘で、終わりがけに足首ひねったんだろ? 全然表情変えなかったから気のせいかと思ったけど、よくよく見ていれば時々歩き方がなんだか変だった」
――しつこいくらい、隠したいことに限って気付いてつついてきて。
――それが悔しいことに、大抵の場合フェイトの方が正しい。
「き……っ、」
「気のせいじゃないだろ? 今だってほら、ちょっと無茶すれば逃げられるはずなのに。痛みで力が入らないんだろ??」
言いながら、まるでマッサージのようにつかまれた脚がもまれて。いやらしい動きではなく、これまた意外に器用にもみほぐされて、慣れない自分の脚での移動に悲鳴を上げていたマリアにはそれは確かに気持ち良い。
気持ち良いけれど、ただ一点。そこにだけ触れられた瞬間、張りつめた神経の糸をはじくような、まるでそんな痛みが走る。自分で歩いているときにはなんとかやり過ごすことのできるそれも、他者に触れられている現状ではそうもいかなくて。
――認めたくない。そんなことに限って気付いて心配してくる彼は。
――今もそう、怒っているような心配しているような、やはりまっすぐな目でマリアを見つめていて。
……それはなんだかとても悔しくて。
……だから部屋にこもって読書なんてしていたのかと、そう思われることは悔しくて。
「自分を無茶させる嘘は、吐かない方が良いよ」
「き、みはどうなのよ!?」
しれっと言われて、同時に手が離れる。きっとフェイトの思惑通り、というのが気に食わなくて、ただそれだけに腹が立って。何度も何度も数え切れないほど想定して来た「フェイト」と重なってくれない本物の彼が悔しくて。
だから。
本当は見ないふり気付かないふりをしようと思っていたけれど、やめた。
嫌な予感でもしたのか逃げようとする彼の胸板を、手をのばして軽く叩く。息を詰めて一瞬凍り付いたフェイトに、きっと勝ち誇った笑みが口元を歪ませる。
「弱いくせに、まわりのフォローしようとキミだって無茶するから。衝撃が伝って痛かったんでしょう? 骨折まではしていないにしても、あばら、痛めているんだものね??」
「気のせいだ、っ」
「じゃあなんでたったあれだけでそんな顔するのよ?
馬鹿にしないで。他人のことよりもまず自分のことにかまけなさい」
「だったらマリアも! 僕に気付かれる程度の、そんな演技なんかするなよな!!」
「話題をすり変えるんじゃないわよ」
「それはマリアのほうだろ」
それが何を思っての嘘なのか、知っている。
それが誰のための嘘なのか、分かっている。
全部知っている、分かっているから。……だからなおさら、やるせない。
自分とまるでそっくりなそんなところが。やるせない。
傷付いた自分をまるで放り出して、嘘を吐いてまで他者を気にするそのやさしさは。
けれどどこまでも、淋しくて切なくて。
「……こんなの、一晩休めば全快するわよ!」
「それは僕の台詞だ!! でも、痛い思いしてるのはいやだろう?」
「そっくり返すわよその言葉」
「なんだって!?」
マリアの足首が、きっとフェイトのあばらも。しくしくと、痛んでいる。
けれど嘘でもそれを認めたくない。
この優しい人を心配させたくは、ない。
