もうあとには引けない。
引きたいとは思わないし、思ったところできっと不可能だし。
だから目の前の翠を見つめる。
翠もじっと、見つめ返してくる。

―― 行 [踏み出して戻らないで]

元はと言えば、同じような強さだというのがよくなかったのだと思う。
マリアの方が目に見えて弱かったなら、おんなのこだしそれはそれでかわいいと思うよ、のバカみたいにクサい台詞のひとつも吐けた。
自分の方が確実に弱かったなら、のらりくらりなんだかんだと逃げ回ることだって、きっと可能だった。
けれどほぼ同じ、互いの体調の良し悪しでようやく優劣がつくくらいに同じだと。
ことあるごとにどうしても対抗意識がわいたところで、そんなに重い罪にはならないはずだ。

――たぶん。

◇◆◇◆◇◆

だから。
ある日思い切って――料理の前に全員分の飲みものを注文したところでそれを思い出したこともあって。何気なく、いかにも今この瞬間に思い付いたように、暇そうにメニューをいじる彼女に笑いかけた。
「……ねえマリア」
「何」
デザート、甘味のページをじっと眺めていたマリアが何だか愛しい。
本当にこの提案に彼女がノってくるなら、今日はそれらはおあずけになると思うけれど。明日にでも、今日これからしでかすことのおわびとか言って、どこかの甘味屋に連れていこうか。たとえばお互い二日酔いになったなら、それが収まってから連れて行ってあげようか。

――覚えていたら、の話だけど。

そんなことを思いながら、フェイトはますます笑みを深くして、
「一度、はっきりさせておきたかったんだ」
「何を?」
「あ、その前に。今日の体調って、悪くないかい?」
「……だから何の話よ」
眉をひそめた、いかにも疑問いっぱいの顔。たとえそんな顔でもきれいな顔はやっぱりきれいだなと、場違いなことを思ってみる。
黙ったままのフェイトに、しばらくしてマリアが細く息を吐く。
「ええと……そうね。まあ昨日も町にいたし今日もそんなに動き回っていたわけじゃないし。風邪なんかの病気の症状は少なくとも自覚していないし、怪我だってしてないわ。
絶好調、まではいかなくてもそこそこ良いんじゃないかしら。
――一体何を企んでいるのよ?」
「企むだなんて、……そんなことないよ」
言っているうちに疑いを深めたのか、隠しもしない冷たい目にあははと声を上げて笑う。ますます疑いの色が強くなったのに、大袈裟に肩をすくめる。
いかにも軽薄な態度だということは承知の上で、
「大したことないんだけどさ。
――呑み勝負、しないか……?」

言ってみた。

◇◆◇◆◇◆

言ったところで実際彼女がノってくるかどうかなんて、賭け以外の何者でもない。
冷静で真面目なマリアのことだから、バカな提案をするなと一蹴してもおかしくないと思う。それだけのお金はどこにあるのよ、とか。明日の昼にはこの町を出るのよ、ひどい二日酔いになったらどうするつもり、とか。
断る理由は山ほどあるし、一度断られたらそこであきらめようと思った。
思っていた、しつこく食い下がるのはやめよう、と。
――それなのに。

「……いいわよ、受けて立つわ」
「やっぱりか、いや残念だよってまあ当たり前だよな女の子にそんなこと、
……え?」
「勝負に乗るわよ、って言ったのよ。――クリフ、わたしが倒れたら部屋まで運んでね」
むしろ断られるに違いないと思い混んでいて、聞いた台詞が信じられなくて激しく瞬く。そんな彼を放り出して、嫣然と自信満々微笑んだマリアは養父に抜け目なくいろいろ指示して、
「同じ種類のカクテル……サワー系なら呑めるわよね。それ頼んで、先に吐いたり寝入ったりした方の負け。ペースは互いに合わせること。
――そんなところでどう?」
背後のギャラリーが制止の言葉を投げてくるけれど、そんなもの聞くつもりはない。にこにこ笑うマリアに反発心が湧き上がる。
「マスター、僕と彼女の注文変更、オレンジサワーにしてくれ」
渋い声の店主が分かったと答えて、次は私が選ぶわよとマリアがつぶやいた。

◇◆◇◆◇◆

少なくともパーティメンバー全員の視線を集めて、不意にフェイトも頬をゆるめる。
「どうせ勝負するなら、何か賭けたいな。
――無難に、負けた方が勝った方の命令をひとつ聞くってのは?」
「あとで後悔しても知らないわよ。
……そうね、じゃあ私が買ったらケーキおごりなさい。かわいいお店見つけたのよ。連れて行ってくれても良いけど」
先ほどぼんやり思っていたのが、ひょっとして読まれていたのだろうか。そんなことを思って薄く浮いた汗は無視して、
「分かった。僕が勝ったら、そうだな……、
マリアからキスしてくれないか? 濃厚なヤツを一発」

その一言で、呑む前から耳まで真っ赤になったマリア、聞こえてしまって反応に困るパーティメンバー。彼女の養父が不満に声を上げようとして、けれどそれを当の本人が腕を出してストップをかける。
「いいわよ、勝てば問題ないじゃない」
「そうだよ。勝てたら、ね」
強気のマリアに、こちらも強気に出て。お互い笑みを浮かべていたけれど、目はどちらも笑っていなくて。

◇◆◇◆◇◆

ぴんと張りつめた空気の中、まるで狙っていたようなタイミングで各自の呑みものが届いた。次は青リンゴサワーをふたつ、と注文したマリアがどこか優雅にグラスを取り上げる。
フェイトの手も、残ったグラスをがしっとつかむ。

――もうあとには引けない。
――引きたいとは思わないし、思ったところできっと不可能だし。
――だから目の前の翠を見つめる。
――翠もじっと、見つめ返してくる。

「ジャッジはクリフね」
「贔屓するなよ」

きっかけは好奇心で、賭けは実際どうでも良くて。
――ただ、負けたくないと強く思った。
誰に負けても、マリアにだけは。今日だけは。

別に何かあるわけではないけれど、今日こそは。

絶対勝ってやる、と改めて決意したとき、あきらめきった「ゴー」の声がかかる。
翠をじっと見つめながら、そしてフェイトはグラスを傾ける。

―― End ――
2006/03/04UP
踏み出して戻らないで / キミにシタイ5題_so3フェイト×マリア_
OFP
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行 [踏み出して戻らないで]
[最終修正 - 2024/06/14-16:16]