大切な、大切なたいせつな。
誰よりも大切な、あなたに。
「僕にはほしいものがあるんだ」
いつか聞いた、彼の言葉。
何かにあこがれるきらきらした子どもの目ではなく、まるで獲物を見すえてあとは引き金を弾くだけの、狩人の目だった。どこか遠いところを見ていたからそんなことを悠長に思っていたけれど、その目が彼女に向いていたならきっと何も考えられなかったような、そんな強い目だった。
「……ほしい、もの?」
「うん、まだ手は届きそうにないけど、いつか絶対に手に入れる」
どういう経緯でそんな話が出たのか、よく覚えていない。覚えていない以上、たとえば夜中に寝ぼけて起き出した時とか、たとえばお酒が入って朦朧としているときとか。そんな時に聞いたのだろうとは思う。
「手に入れたらはなさない。僕が死ぬまで……ひょっとしたら、死んでも」
――ただ、その時の真剣そのものの彼の顔はよく覚えていて、こわいくらいに真剣な彼の顔だけはよく覚えていて。
――そのときマリアは、そんな彼に何を答えただろう。
「――ほしいものは、手に入った?」
ふと思い出したようにそう話かけたのは、なんだかんだと仲間たちが用を思い出して、珍しいことにフェイトとマリアの二人だけの食事の席だった。どこかに食べに行ってもよかったけれど、何となくジャンキーで不健康なお手軽なモノが食べたくて。屋台で買い込んだものを宿屋に持ち込んで、行儀を気にせずひとしきり食い散らかしたあとだった。
床のカーペットに二人して直に座りこんで、指についた油をなめながら。
フェイトがきょとんと顔を上げる。
マリアは飲みものの小瓶を手に、にこりと笑ってみせる。
「前に言っていたじゃない。その後何も報告きかないけど、どうなったのかふと気になったのよ」
「……ええと?」
「ほしいものがあって、――そのときはまだ手に入っていなくて。いつか絶対に手に入れる、手に入れたらはなさない、……そんなことを言っていたわよね?」
ジャンキーな食べものは味が濃い分喉が渇く。こくこくと小さく音を立てて瓶の中身を半分ほど乾して、マリアはいたずらに片目を閉じる。
「別に言いたくないなら言わなくてもいいけど」
「ええと……」
きっと思い当たって、けれど答えあぐねている。そんなフェイトにマリアは小さく笑う。
「キミが、何かに執着するタチだなんてはじめて知ったわよ」
小さく笑いながらのマリアの言葉に、フェイトはどうしたものかと眉を寄せた。
どうやら、いつか彼女に言っていたらしい。覚えていないけれど彼女の口ぶりからすると、彼自身の口からで、人伝に聞いたわけではないようだ――まあ彼女以外の人間に口外するとは思わないけれど。
そうは思ったけれど、
どう答えようとフェイトはさらに眉を寄せる。
「別に無理に答えさせるつもりはないわよ?」
「いや、その……」
手をのばせばたぶんぎりぎり届く距離、飲みものの瓶を手に微笑む彼女。食べる前は実のところ血色が悪くて、それでこんなジャンキーなもの食べたら倒れるのでは、とこっそり心配していたものの。どうやらそんなこともなく、食べ終わった今はだいぶ頬に赤みが差している。
――ひょっとしたら、彼女が今手に持っている、アルコール入りの飲みもののせいかもしれない。
……いやいやいや。
関係ないことを思いかけて、現実逃避するなとフェイトは自分を叱った。
マリアと同じく適当に飲みものの瓶に手をのばして、栓抜きを手にして。考える。
本当は重大な告白をするつもりで――彼女がたった今ツッコんできた件と、ひょっとしたらリンクするかもしれないことを告白するつもりで。仲間たちを適当に追い払って、二人きりの時間を作りだしたのだけれど。
果たしてそれが実現すると、どうにもそれに満足してしまう。この時間を楽しめばいいやと思考がそこでストップして、せっかくのお膳立てを不意にしてしまう。
過去何度かくり返したそれを思い出して、ひっそりと落ち込んでみる。
「……フェイト?」
「いや、なんでもない、何でもないよマリア」
絶妙なタイミングでツッコミが入って、あわててあははと笑ってみせる。
――何かを隠している、のは分かった。
――それがどうやらマリアに関することだ、というのもよく分かった。
先ほどからぶつぶつつぶやいては浮かれたり落ち込んだり、なかなかいろいろ忙しい彼を見ながら、マリアは小首をかしげる。
見ていて面白いけれど、……いったい何だろう?
あまり彼のプライベートに立ち入るつもりはなくて、過去散々こそこそ調べまわった罪悪感から立ち入るつもりはなくて。そのつもりがなかったのに不用意に踏み込んでしまったのかと思うと、少しばかりの自己嫌悪。
「……ええと、フェイト?
別に言いたくないことを無理に聞きだす気はないんだけど、」
「いや! そうじゃなくて……何をどういったらいいのかなって思ってさ!?」
「それって無理に聞きだしているみたいだから、気にしないで、」
「そうじゃなくて僕が言いたいんだよ! マリアに!?」
いちいち語尾が跳ね上がって、その分動揺しているのだとは思うものの、こちらに訊ねるな、とも思う。思って、喧嘩腰の自分に気が付いて――これではダメだと息を吐いて、
彼に喧嘩を売る気なんてない、少し落ち着かなければと息を吐いて、
「ごちそうさま――残った分、どうしようかしら? フェイト、キミが食べられるって言うなら任せるけど、何だったらまとめてクリフとかに、」
立ち上がろうとしたマリアの手首を、フェイトの手がつかんだ。いつの間にか予想外に近い距離に詰められていて、その事実に息が詰まった。
反射的にその手を振り払おうとして、
そうはさせないと強くなった力に手首を締め上げられて、マリアの眉が今度は苦痛で、
「……っ、
ご、ごめん……!」
「いいけど……このくらい。どうしたのよ?」
はっきり顔に苦痛の色が現れて、あわててつかんだ手から力を抜いた。そうしてから我に返った自分に気が付いて――つまり我を忘れていた自分に気が付いて、なんだか恥ずかしくて穴でも掘りたい気分になる。いや、穴に埋まりたい気分に。
そんな気分の反面、たった今触れた彼女の手首の細さが手に残っていて、
「あのさ、」
「うん?」
「ごめん、……あの、僕は、」
まるで関係ないことを思っていたはずの頭は、そんな風に切り出していた。彼自身と同じく、いや、それ以上。話に付いていけないマリアがぱちぱちまたたいて、きょとんとする顔がいつもと違ってずいぶん幼く映って、
それに後押しされるように、
ほしかったのは、彼女の笑顔。
それをまっすぐ向けられるだけの、自分。
真面目な顔も凛々しい顔も、格好良いけれど無理をしているように映るから。
彼女が一番力を抜いた顔を、できるなら笑顔を。
向けてほしかった、向けてもらえるだけの自分になりたかった。
今も、それが叶ったなんて自惚れるつもりはないけれど。
それでも最初のとげとげしさにくらべれば、だいぶ打ち解けられたように思うから。
大切な、大切なたいせつな。
誰よりも大切な、あなたに。
決意表明を、あるいは宣戦布告を。
フェイトがすうっと息を吸い込んだ。きっと緊張している彼が分かったのか、きょとんとしたマリアの顔も、いつの間にか真剣なものになっていて。
そしてフェイトが口を開く。
ようやくの思いで、その台詞を、
