こんな感情、はじめてだったから。
きっと本当に、はじめてだったから。
だから、だから……。

―― 覚 [忘れきれない君の横顔]

「……ええと、じゃあこれは全部処分してしまって良いんですね?」
「ああ。任せきりで悪いけど、頼むよフェイト」
「ほしいものはあります? 体力と精神力が回復するようなものは買っておきますけど」
「そうだね……?」

宿屋の一室、女部屋。――というか現在パーティには女性はネル一人しかいないので、つまりはネルの部屋に。両手いっぱいにアイテムを抱えたフェイトがやってきた。何ごとかと思ったら、アイテム整理をするとかでこれを売ってもいいのかと訊ねに来たらしい。
律儀な青年に感謝する気持ちで、持ち込まれたものにすべてざっと目を通して。
そして、ふっと顔を上げた瞬間。
きっと買い出しメモなのだろう、取り出した小さな紙に真剣な目を落としていた青年がそこにいた。

瞬間、ネルの胸が何か小さな音を立てる。

◇◆◇◆◇◆

それは、ここ最近よくあることだった。

ふとした瞬間、ふとした青年の顔になぜか目が吸い寄せられる。
胸の奥が小さな音を立てて、きしんでよじれて、息が苦しい。
視野がなんだか狭くなって、その瞬間、彼のことしか見えなくなっている。

――誰にも気付かれてはいないと思う。

何ごとにつけ豪快な、あの金髪の大男にも。
もちろん、フェイト本人にも。
それが瞬間のことだったから、しばらくはネル本人さえ気付かなかったくらいで。

◇◆◇◆◇◆

「……ネルさん……?」
「え? ああ、ごめん。ちょっと別のこと思ってた」
不思議そうに目がこちらを向いて、不思議そうに訊ねられて。はっと我に返って、ごめん、と苦笑した。ずっと抱えていた、そういえば何となく止め金をいじっていた鎧に気が付いて、これも頼むよと彼に渡して。
「どこか調子でも悪いんですか?」
「そんなことないさ。……あたしだってぼうっとすることくらいはあるよ」
心配そうな顔に、苦笑する。普段一体どんな目で見られているのかとふと思う。

「買ってくるアイテムねえ……ああ、回復の他に毒消しとかそういうものはどうだい?」
「ええと、一応メモってあります。毒なら自力で癒せますけど」
「それに甘えてると、いざって時に青くなるよ」
「……だからメモってありますってば」
――改めて言われるとなかなか思い付かないものだねえ。
言ったらフェイトの目が笑った。それまでむくれていた顔が、一転ふわりとやさしくなった。

瞬間、またネルの胸が小さな音を立てる。

◇◆◇◆◇◆

それが具体的にどんな音なのか、なんてうまく説明できない。
そもそも、しっかりくっきり聞こえる音ではない。
ただ、何気ない瞬間に聞こえるそれは。
聞こえた瞬間、胸がなんだか苦しくなる。

◇◆◇◆◇◆

「……クリフには訊いたのかい?」
「いえ、訊いていませんよ。あいつにまともな答え期待するだけ無駄ですから」
「ひどいこというねえ」
「考えるつもりがないからイエスマンなんですよ、あいつは。まったく……」
何か会話を、と思った苦し紛れの言葉にあっさりすくめられる肩。そのあまりのあっさりっぷりに苦笑すれば、なぜか子どもっぽく頬をふくらませた。
――過去、何かあったのかもしれない……?
首をかしげれば、気にしないでくださいと笑顔があわてて。

その、どこか困った顔にさえ。なんてことだろう、さらにあの音が聞こえた。
胸の奥がきゅうっとなって、痛くて。切なくて、それなのに、何か胸の奥があたたかくて。

◇◆◇◆◇◆

それがどんな意味を持つか、なんて。
知らない。
あの音も知らない、今まで知らなかった。
今まで知らずにすごしてきた。きっと、あのアーリグリフの地下牢で彼らに出逢わなかったならずっと一生知らないままだった。

それが良いことか悪いことか、なんて。
知らないけれど、でも。

こんな感情、はじめてだったから。
きっと本当に、はじめてだったから。
だから、だから……。

◇◆◇◆◇◆

「……そうだね、最近ちょっと怪我しやすくてさ。道具のせいってよりあたしが未熟なんだろうけど、
だから防具を買いかえたいなって思ってたんだけどさ」
「それって勝手に買ってこれるものじゃないじゃないですか」
「うん、だからあたしも行くよ。別に今は急ぎの用事が入っているってわけじゃないし」
言って、腰を上げて。どうせだからあたしも半分持つよ、とフェイトの手にある荷物のうち半分ほどを無理に奪い取って。
何かを言いたそうに、もごもごと口の中でつぶやくフェイトには気付かないふりをする。ぶつぶつつぶやく言葉を聞こえないふりをする。

一緒に歩くことができるだけで嬉しいんだ、なんて。
絶対気付かれないようにしよう、と思う。

「ほら、行くよ」
彼の脇をすり抜けて、数歩先に行ってから振り返って呼んだなら。
待って下さいよ、とあわてる彼がいとおしいなんて。

はじめて覚えたこの感情が、苦しいけれど、でも幸せだ、なんて。

絶対に気付かれないようにしよう、と。
思う。

―― End ――
2006/02/05UP
忘れきれない君の横顔 / いつだって“君”5題_so3フェイト×ネル_
OFP
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覚 [忘れきれない君の横顔]
[最終修正 - 2024/06/14-16:20]