ゆめなのかうつつなのか。
それさえ分からない世界で。
「疲れがたまっていたんだよ。もしくは、無理しすぎていたとか。
正直あたしにはよく分からないけどさ、ショックが引き金になって今までのがぶり返したんじゃないのかい。今までがんばりすぎてたみたいだからね」
そういってやさしく微笑みかけられて、
なんだか泣きたくなった。
いくら父の遺言だからといって、FD界の存在を頭から信じていたわけではなかった。いや、信じようにもまるで信じられなかった。
普通の神さえ信じていないのに、誰が実在の神の存在を信じられるだろう。
自分たちが本当にどこかの誰かに作りだされた存在で、そのてのひらでもてあそばれていたなんて。
誰が、信じられるだろう。
けれど信じられない、信じたくない事実はアルティネイションの能力を持つ彼女の協力を元にした実験で、現実だと証明されてしまった。信じても信じなくても「創造者」にとって自分たちは「バグ」で、そんな自分たちを消すためだけに今この世界は滅茶苦茶に破壊されようとしている。
事実は事実、いくら妄想と似たようなレベルでも、認めないわけにはいかない。
そして、今日も断罪者どもと戦って。どんな無茶をしてきたのか今までの無茶が祟ったのか。
フェイトは、やつらの攻撃を受けて――倒れた。
目を開けたら背には硬い地面があって、死にかけていたのを無理やり引き戻されたとき特有の変な気持ち悪さとダルさが残っていた。周囲を探るとそう遠くない場所に仲間のものらしい気配が一つ二つ……、
たぶん戦闘途中に攻撃を喰らってぶち倒れたのか、とフェイトは細く息を吐く。
……情けない。
信じられない事実に混乱しているのは何も彼だけではないのに。
エリクール出身、未開惑星出身の人間ならそもそも前提になる知識がないからどうか分からないけれど。それでも「神」に存在を否定されたと知って動揺しないはずがないし。
地球やクラウストロ出身となれば知識量はフェイトと同等、彼と同じ意味できっと混乱しているはずだ。
そう、誰もが同じラインで同じように混乱しているはずで、だから一人悲劇の主人公気取りで悠長にぶち倒れているわけにいかないのに。まして彼は今やパーティのリーダーを気取っている身、余計に倒れるわけにいかないのに。
それなのに。
倒れたままロクに身体を動かすことができないまま、彼が際限なく自己嫌悪に陥っていたら。
ふと、ゆっくり前髪が梳かれた。
驚いて目を見開いて、あわてて上を見たなら。
――なぜ今まで気付かなかったのだろう、何より失態を見せたくないのに、情けないところばかり見せている――赤毛の、女性。
「……、ね……」
――ネルさん!?
悲鳴を上げたかったのに、驚きすぎて言葉が出なかった。きっと目をまんまるにしてぱくぱく口を動かす彼に、彼女の口元がふっとほころぶ。
「……起きたかい? ああ、もう少しゆっくり休んでいれば良いよ」
その手がまたやさしく彼の髪に触れて……そういえば背中や脚は硬い地面を感じるのに、後頭部はふわふわやわらかいあたたかい。無意識に気配を消すのはもう今では癖なのだと、そういえばかつて聞いたことを思い出す。
「い、つ……から……?」
身を起こしながら訊ねようとするのに、彼女の手が邪魔をした。強張った舌がまるで年端もいかない子どものように呻けば、彼の動きを邪魔をする手がまるで叱るように、その視界をふさいでしまう。
「戦闘が終わって、あんたに気付け薬飲ませてからだよ。
情けない話だけどさ、倒れはしなかったけどあたしもけっこう攻撃喰らってふらふらだったんだ。あたしにあんたの分までまとめて回復アイテム渡したマリアがなんだか怒って、フェイト、あんたを逃がすな、あたしも無闇に動くな、ってさ」
彼女の声は女性にしては少し低い。その声にささやかれると、どきどきするのに妙に落ち着く。今だって心は抗うべきだと思うのに身体が動かなくて、こうして視界がふさがれてしまえばもう何がなんだか分からない。
このどきどきが混乱のせいなのかそれ以外のせいなのか、それさえも分からない。
「疲れがたまっていたんだよ。もしくは、無理しすぎていたとか。
正直あたしにはよく分からないけどさ、ショックが引き金になって今までのがぶり返したんじゃないのかい。今までがんばりすぎてたみたいだからね」
低い声がゆっくりささやく。声に笑いの色が混じっているのに安心する。
――怒ってはいない、情けない彼を呆れていない。
――無茶をしすぎるな、と。むしろ逆の意味で叱られているようだ。
――誰より愛しい、大切な人は。情けないばかりの彼を全部許してくれている。
――世界中の誰に許されるより、きっとそれは嬉しくて申しわけない。
つん、鼻の奥が痛くなった。
浮かんだ涙を誤魔化そうにも、目はネルの手にふさがれて彼の自由にならない。
むしろその手が、やさしい動きで彼の目じりから涙の粒を奪っていく。
――果たして、これは現実なのだろうか。
――彼女にこれほどやさしくされるほどの価値が、自分にはあるのだろうか。
――こうしてやさしくされるのに見合うだけ、自分は働くことができるのだろうか。
――その全部を分かって、彼の気付かない本当に全部まで分かっていて、
――ひょっとして夢の中の彼女かもしれないネルは、こうしてやさしくしてくれているのだろうか。
ふと浮かんだ疑問を否定するだけの材料がなくて、
とまどうばかりのフェイトを。
やさしい手が前髪をかき分けて、はらりと落とされる唇の感触。
驚いて飛び起きようとした彼を再び止めて、右頬にひとつ、左頬にひとつ。
「大丈夫さ、あんたは世界を守れるよ」
そうして、声が彼を保障して。
ゆめなのかうつつなのか。
それさえ分からない世界で。
最後に唇に、
――祝福がひとつ、落ちてくる。
