あなたが好きだから。
あなたのその笑みが好きだから。
だから哀しいときがある。
だから悔しいときがある。

―― 優 [優しく微笑む君が好き]

ぎゅっと眉が寄って、見開かれた目が潤むのに合わせるように碧が閉じた。
「……っ、く、ぁ……っ!」
かみ合わされた奥歯からうめき声が上がって、そのうちそろそろとこちらを見た情けない顔に。ネルはわざとらしい息をふゥと吐く。
「バカだね……だから治癒の施術をかけるよって言ったじゃないか。
いや、そもそもこんな怪我、しなけりゃ良かったんだよ」
「……それは、あの時ネルさんをかばわなければ、ってことですよ?」
「ああ、そうさ。そういうことだよ。
自分の身くらいは守れるからね、あたしだってそれなりの訓練積んでるんだ。一撃で瀕死に陥らなけりゃ、施術もアイテムもあるんだ、どうにかなるよ」
「それじゃあ、僕の気がすまないんですけど」
「あんたが怪我してその治療するのは、あたしが嫌なんだよ。かといってほったらかしにするのも嫌なんだけどさ」
言うなり彼の返事を待たずに、消毒液を染み込ませた綿の玉を再び傷口に触れさせた。慣れたと思ったのにきっとまたしてもしみたのだろう。目にぶわっと涙が浮かぶと、顔を下に向けてひくひく肩が震えて。
そんなフェイトに、ネルは再び息を吐く。

◇◆◇◆◇◆

まあ、言ってしまえばいつものことだった。
戦闘中、怪我をした仲間を目敏く見つけたネルが、その傷を癒すために呪文の詠唱をはじめて。
脚を止めて集中して、そんな隙だらけの彼女を敵が見逃すはずもなく。攻撃の気配に気付こうが気付くまいが、けれどどのみち避けられるものではない。避けたとしたら、せっかく途中まで唱えた詠唱はおじゃんになって、仲間の傷は癒せない。
自分と仲間を天秤にかけて、いつだって仲間の方に心がかしぐネルが、だから呪文を破棄するはずもなくて。
そして振ってくるはずの攻撃を、けれどかわってフェイトが受けた。
かまえた剣を盾がわりに、けれど多少の勢いを削いだとはいえ、そんなモノで攻撃の威力をゼロにすることはできなくて。
勢いのあまり、数歩分飛ばされたフェイトをネルは見ている。
少しとはいえ散った血の細かな珠、一つひとつさえ覚えている。

◇◆◇◆◇◆

「……バカ、だね……本当にバカだよ。しなくてもいい怪我、わざわざして、さ」
じわりとにじんでいる血で、綿の白い玉が少しずつ赤く染まっていく。別にまんべんなくあかくそめるつもりはないけれど、場所を変え角度を変え、綿の玉を転がしていく。
傷口にしみる消毒液に、フェイトの目がうるんでいる。
ただ彼の傷を凝視するネルの目も、いつの間にかうるみはじめていて。

◇◆◇◆◇◆

そう、よくあることだ。
――フェイトがネルをかばおうとするなんて。
よくあること、どころではないかもしれない。二人一緒に戦場に立ったとき、彼はいつだってネルをかばおうとするから。

けれどいくらよくあることでも。
いつまで経っても慣れるようなものではないとネルは思う。
自分の身体を抉るはずだった凶悪な爪が自分以外の誰かを傷つけるとき、それを目にした瞬間の。心臓を身体全体を、ぎゅうぅぅぅっとまるで絞るようなあの痛みには、きっと一生慣れることはないと思う。
慣れたくはないと思う。
――慣れるくらいなら、

◇◆◇◆◇◆

「……だって、仕方ないじゃないですか。
身体が動くんですよ、ネルさんを守らなきゃ、って。たとえばこうしてネルさんが無事なら、たったそれだけで良いやって、身体が動くんです」

――そうして向けられた笑み。どこまでも透明でやさしい、笑顔。
まっすぐな目でまっすぐネルを写して、困ったようなそのくせ誇らしいような、そんな笑みを浮かべている。
照れたように笑っている。

それはネルが、今ではきっと世界で一番好きなもの
同時に、好きだからこそその分大嫌いなもの。

◇◆◇◆◇◆

庇うよりも、庇いたいと思う。
思って、時々思うままに実行しては今の彼のように無駄に怪我をして、彼に哀しい顔をさせる。
笑っていてほしいのにそんな表情をさせてしまって、
けれど「守ることができた」と思えばそれさえも満足してしまって。

きっと同じことを考えていて、同じ風に思っていて。
それでも、笑みを見たくて怪我をしてほしくなくて。
エゴだと、分かっているのにどうにもならなくて。どうにもならないくらい、彼の笑みが、彼が好きで。

あなたが好きだから。
あなたのその笑みが好きだから。
だから哀しいときがある。
だから悔しいときがある。

守られたくない、怪我をしてほしくない。
痛い思いはしなくて良い。するくらいなら、むしろ彼女が彼を守るから。
笑みを浮かべていてほしい、ネルに向いていなくても良いからフェイトにはいつも笑みを浮かべていてほしい。

エゴ丸出しで、心底思う。

◇◆◇◆◇◆

消毒をして、薬は塗らなくても良いとフェイトが主張するからたったそれだけで治療は終わった。赤くすりむいたような痕が、ミミズ腫れのひどいように盛り上がった傷口が、うち身で青く痣になったところが。
数えるのが哀しくなるくらい、彼の身体に走った無数の、一応は軽い怪我の数々が。

それなのに、痛みにまだ薄く目を潤ませながらも。
それでも浮かんだ満足そうな笑みが。
ただただやさしいばかりの微笑みが。

好きだけど嫌いで、フェイトのことが心底好きだけれど無茶ばかりする彼が嫌いで。
きっと同じように見られていることを、思われていることを知っているのに。
――それでも、エゴで思う。

◇◆◇◆◇◆

「あんた、バカだよ……」
「――でも、ネルさんのためですから。僕は満足ですよ」

――無駄な怪我なんて、痛い思いなんてしてほしくない。
――いつでもあの笑みを浮かべていてほしい。

矛盾するようなしないような、けれど心底そう思う。
泣きそうな思いで、ただ純粋に、

ネルはただ、そんなことを思っている。

―― End ――
2006/02/23UP
優しく微笑む君が好き / いつだって“君”5題_so3フェイト×ネル_
OFP
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優 [優しく微笑む君が好き]
[最終修正 - 2024/06/14-16:20]