泣いてはいない、目のうるんでもいない彼女が。
それでも何だか泣きそうで、とてもいとおしく映ったから。
――だから誓いたくなった。
――自分勝手に誓いたくなった。
「すまないね……フェイト、大丈夫かい……?」
「やだなあ、ネルさん。そんな顔しないでくださいよ」
いつも生真面目な彼女が、やはりその時もどこまでも生真面目に頭を下げて。さらさらと動きに合わせて流れた赤い髪が、いっそ涼やかな音を立てたような気がする。
「平気ですってば、少し休めばすぐに全快します。心配いらないですよ」
「だけど……」
ひたすら暗い顔をする彼女に、フェイトは能天気に笑いかけるのに。
「ほら、呑まないって言うネルさんに無理やり呑ませたの、僕じゃないですか。自業自得ってヤツなんですよ」
「そんなことないだろう。あたしがもっと酒に強かったなら、」
曇ったネルの顔は、なかなか晴れてくれない。
何をどう言えば良いものか、にこやかな裏でフェイトの心は焦っていたけれど。そんなことに気付くだけの余裕のないネルは、ただただずんずん沈んでいく。
せっかく二人きりなのに、とフェイトが深く息を吐いたけれど、
やはり余裕のないネルは、そんなモノに気付かない。
一行は昨夕、この町に到着した。
旅に出ている間、野宿三昧をやっている間こそアルコールを控えているから。その分の鬱憤を晴らそうというように、町に着いたその日の夜はパーティメンバー全員で呑み屋にくり出すことにしている。
昨日も当然、同じことをやらかしていて。
そしていつも呑まないネルに、フェイトがしつこくしつこくしつこく誘いかけた結果、
フェイトの目論見成功、ネルが口あたりの良いカクテルあたりを勢い呷って。
そして、
――暴れた。
「……だってやっぱり痛いだろう?」
「そりゃまあ、怪我しているんですからそれは当然ですけど」
思いつめた顔に嘘が吐けなくて、あっさりぽろっと言った台詞にますますネルの顔が強張る。ベッドにぐったり横になるフェイトがしまったと顔を引きつらせて。
「でもほら、我慢できないほどでもないし! 寝れば治りますし!!」
「我慢は良くないって、いっつもあたしに言うのあんただろう?」
「ネルさんは全部いろいろ抱え込みすぎです!」
布団の上に出ていた、包帯ぐるぐる巻きの彼の手に触れようとでもしていたのか。ネルが中途半端にのばしかけた腕ごと彼の声にぴしっと凍り付く。
――あちゃーまたやっちゃったよ。
――どうにも今日は、口が変に動くなあ。
内心後悔しまくりのフェイトが動きづらい手で、ネルの頬をなんとか包む。凍り付いたときと同様驚きでぴくんと跳ね上がって。
――そういえば今日はじめて、まともに目線を合わせたような気がする。
一口呑み下して、
――そしてまっすぐ彼を見つめたあのときの紫。
まるで魔法か何かのように身体が動かなくなって、そんな彼の頬にこぶしが突き刺さった。
痛みにというよりも驚きに目を見開いたなら、
――のみたくないっていったじゃないかあ!!
見事に舌足らずな呂律でそんなことをわめかれた。
――すみません僕が悪かったですもう良いです、
けれど平謝りに謝って、まだたっぷり中身の残っているグラスをとにかく受け取ろうと手をのばせば、
――やだ、取るな、もったいじゃないか。
そんなことをつぶやいて、彼に取り上げられないようにだろうグラスが逃げる。
――でもネルさん、
――うるさいね!!
言いかけた彼の言葉を遮って声を張り上げて、
その後も何発か、ことあるごとに文句と一緒にこぶしが飛んできた。
「ネルさん、気にしているならどうか心配しないでください」
「は?」
「僕はネルさんに謝ってほしいわけじゃないし、ネルさんのそんな沈んだ顔見たくないです。
大体、記憶ないんでしょう?
覚えていないことを謝っちゃ、ダメじゃないですか」
我に返ったならネルが目を伏せると思ったから、そうはさせるものかと早口にささやいて。
「僕は殴られるの嫌いですけど、唯一ネルさんにだったら殴られてもかまいません。そんな趣味ないけど、ネルさんが振るったこぶしだったら受けても良いです。
だから、もう気にしないでください」
殺し文句を言ったつもりはなかったのに、ネルの頬にかああっと血が上って。
泣いてはいない、目のうるんでもいない彼女が。
それでも何だか泣きそうで、とてもいとおしく映ったから。
――だから誓いたくなった。
――自分勝手に誓いたくなった。
衝動のままに、その目尻にひとつキスをする。
またひとつびくんと跳ね上がって、逃げようとするのを逃がさない。
何を言いたいのか、声にならない声で口をぱくぱくさせるのにただ笑いかけて、
「謝らないでくださいね? 僕も、謝りませんから。
それでもすまないって思うなら、思う数だけ笑ってください」
思うように動かせない、包帯ぐるぐる巻きの手をそしてフェイトは引っ込める。
結局離れていかないネルに笑いかければ、
困ったように、照れたように。――けれどそれでも確かに笑ってくれて。
「――次は、殴らない酒癖であることを祈ります」
「だったら最初から呑ませようとしないでくれよ」
面白くもない彼の冗談に、笑ってくれるネルがいとおしかった。
笑った彼の目に、ネルの目尻が先ほど彼がキスしたあ足りに何か光るものを見たような気がしたけれど。
知らないふりをする、それで良いと思う。
上機嫌に、彼はそんなことを思う。
