風が強い、体温が奪われる。
けれど奪われた以上に、
――けれど今は、身体が熱い。

―― 眠 [眠れない夜は君と]

炎が消えない程度に、ただ薪をくべていた。
今日は風が強くて、風よけがある場所を選んでキャンプを張ったはずなのにそれでも風が強くて。あたたかい飲みものは常に手にしていたけれど、それを飲んで芯からあたためようと足掻いてみたけれど。
そんなことでは気休めにしかならなくて、いや、確かに炎が消えないから風よけがある場所を選んだかいはあるのだけれど。
「……くしゅん」
鼻がむずむずして、そう思った次の瞬間にはくしゃみが出ていた。隠密の任務途中でなくて良かった、などと間の抜けたことを考えて、手にした――まだ先ほど入れたばかりで熱々の甘さひかえめホットココアを少しすすったとき。
不意に、背後に気配が生まれて。
ふわり、包み込むように抱きしめられる。

「……なんだい。てより、なんで起きてるんだい。今日はあんたの当番じゃないだろう?」
見張りも立てずに野宿をするには周囲は危険で、不寝番は早番と遅番の一名ずつ二人。某寝起きの最悪などこかの団長が当番のとき以外は大抵早番が女性に振り分けられるけれど、とにかく今日の遅番は彼ではなかったはずだ。
だからそうつぶやいて、ふり返った彼女の唇を。
きっと狙っていたのだろう、見事に奪った彼は、
「……っ、た!?」
けれど調子に乗った結果、すぐさま罰を受けた。涙目で情けない顔をする彼に、口に残る血の味を吐き出したネルが半眼でにらむ。

◇◆◇◆◇◆

「――寝な。昼間あんただって戦って、体力ずいぶん削ったはずだろう。無駄なことして残った体力まで消耗させるんじゃないよ。
――それにつき合わされるあたしの身にもなりな」
……まったく、ところかまわずサカるんじゃないよ。
なかなかすごいことをさらっと吐くネルに、フェイトはあははと生笑いを浮かべる。つい先ほどかなり強く噛まれた舌がじんじんと痛かったけれど、とりあえず笑う。
そうして、一度は離れかけた細い背中にもう一度抱き付いて、
「――無理やり眠らされたいのかい?」
「そんなわけないです。……ただ、寒そうだったから」
「で、あわよくば隙をつこうって魂胆だね。上等じゃないか」
「いや、そんな」
冷たい声に苦笑する。
――けれど無理にでも休ませようという彼女の心くばりに、ほっかりと心はあたたかい。

◇◆◇◆◇◆

「ほら、言うじゃないですか。雪山で遭難したときは肌を合わせて暖を取るって」
「最終手段だね。それにここは雪山じゃないし、残念だけど焚火の方があったかいよ」
「でも、火は前面しかあたためてくれないじゃないですか。ネルさんの背中、冷たいし」
「こんなことしてあんたが背中冷やして、風邪引いても看病なんてしてやらないからね」
「そんなつれないこと言わないでくださいよー」
背後のぬくもりは確かにありがたかったけれど、けれどその分彼は身体を冷やしているはずで。生真面目なネルは、自分のせいで彼が風邪を引くかもしれないことが気に食わない。
口に出したなら、本人が「引かないかも知れないですよ」と反論することは目に見えていて、彼女は別に確率論をぶちかましたいわけではない。

誰もが寝ていて、自分は眠るわけにいかない夜は長い。思い出したように吹き込む風が強くて、吹き込むそれに体温が奪われればぞくぞくする。
他でもない彼女のためだけに起きて相手をしてくれるのは嬉しいし、ぞくぞくする背中を包み込んでもらえるのはありがたい。
けれど、生真面目な彼女は思うのだ。
――彼には、彼にだけは。無理なことをしてほしくない。
エゴ丸だしで思うのだ。
――彼にだけは、負担をかけたくない。

◇◆◇◆◇◆

黙っていたなら言われる言葉は分かっていた。自分を気遣う心で、厳しい言葉をぶつけられるのが分かった。
心配してもらえる、それは嬉しいけれど、
甘えてほしい彼は――ただでさえ年齢差に引け目を感じている分どうしても彼女に甘えてほしいフェイトは。口を開きかけたネルに、あわてていいわけを練り上げる。
「……ちょっと、悪い夢見ちゃったんで!」
――ああ、僕のバカ。何も一番情けない理由をでっち上げることないじゃないか。
「だからしばらくこうしていたいんですが!!」
「――子どもかい、あんたは」
思ったとおり呆れた声にツッコミを入れられて、反論できなくて思わず黙り込む。やさしくて姐御肌なネルは、たとえ嘘でもそう言ったならくっついてくれることを許してくれるだろうけれど、――きっと子ども扱いしてくる、それはなんだか悔しい。
思っているうちに、思った通りに細い腕が伸びてきて。彼女の肩に顎を乗せるような格好のフェイト、その頭を。わしわしと乱雑にかき混ぜる。
「……子ども扱いしないでください」
「だって反論できないだろう?」
ぶすっとうめけば、笑いを含んだやさしい声。予想そのままに、けれどどうにも面白くない。
反撃とばかりにすぐそこの細い首筋に歯を立ててやろうと思って、
けれどごちんと器用に降ってきたこぶしに、目の前に星が散る。

◇◆◇◆◇◆

出会って、そう長い時間が経ったわけではない。けれど彼の行動が大体読むことができるようになってきていて、やっぱりこのタイミングで殴り付けて良かったみたいだねとネルは息を吐いた。
きっと彼女の行動もフェイトに読まれているけれど。
それはそれで、まあ、良い。とりあえずそれは良い。
「……気分転換はそろそろおしまいにしな。もう寝る時間だよ」
「だって、ネルさん……こうしてるとあったかいし、何だか安心するし、」
「このまま寝たらあんた確実に風邪引くから、それはダメ。素直に横になって寝な」
もう一回くらいは反論してくるだろうと思ったけれど、ぶーたれた声は意外に素直にうなずいた。
うなずいて、そして、

◇◆◇◆◇◆

……そろそろこれくらいにしないと、本気で怒らせるな。
分かったから、しぶしぶフェイトは諦めることにした。根が純粋なネルの行動は読みやすい。きっと読まれている自分を計算に入れても、十分読みやすい。
だからしぶしぶ諦めて、それでも素直に引き下がるのはなんだか悔しくて、
「……っ!?」
「おやすみなさい、ネルさん」
だから一度は阻止された首筋に、この隙にと赤く華を残した。一気に真っ赤になって勢いよくふり返る彼女から、ひらりと離れると毛布を身体に巻きつけてごろんと横になる。
――彼女が手に持ったカップ、中身がこぼれていないか、そんな心配をする余裕さえあった。

「あ、痕……! 見えるところに残すんじゃないって、いつも言ってるじゃないか、ちょっとフェイト!?」
わめく彼女に、眠ったふりをする聞こえないふりをする。きっとしばらくわなないて、けれどそのうちネルも諦めて、
「バカ!!」
悔しい声に、こっそりにやりと笑った。僕の勝ち一、と勝手にカウントしてみる。

◇◆◇◆◇◆

風が強い、体温が奪われる。
けれど奪われた以上に、
――けれど今は、身体が熱い。

あなたと過ごしたほんの少しで、
きっとこの夜は、この長い夜は、

―― End ――
2006/03/14UP
眠れない夜は君と / いつだって“君”5題_so3フェイト×ネル_
OFP
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眠 [眠れない夜は君と]
[最終修正 - 2024/06/14-16:20]