ばかだって、分かっている。
たとえ本人が笑って許してくれたところで、
なんてばかなんだろう、って、
きっと自分が一番、よく分かっている。
宿に着いて荷物を落ち着けて、すぐに男部屋に、フェイトの部屋に押しかけた
それがいつものことなのか、それともたまたまなのか。一行で宿に泊まること自体はじめてのソフィアには分からなかったけれど、とにかく部屋にはフェイト一人だけしかいなかった。
――背中を向けていたのに、どうして分かったのだろう。
「……あれ? どうした、ソフィア??」
部屋の入口からぴょこんと顔をのぞかせたソフィアは、ふと振り返ったフェイトにびっくりする。びっくりするあまりぴょこんと生やしていた首を引っ込めて、フェイトからは見えない扉の影、どきどきする胸を押さえる。
――どうして分かったのだろう。
――それがソフィアだなんて、どうして分かったのだろう。
離れていた間はほんの少しのはずだったのに、そのはずなのに再会した彼は今まで彼女の知っていた「フェイト」とは、少し違っていた。本人にはもちろん違いなかったけれど、彼女にやさしく笑いかけてくれる顔は今までどおりだったけれど、ちょっとしたところがいろいろ違った。
それは「成長」というものなのだろう。きっとソフィアだけが気付いているフェイトの変化は、きっと良い方向にばかり出ている。
けれど、
「……何隠れてるんだよ?」
「ひゃぁあっ!?」
どきどきする胸はきっとそのままで、ただ、焦るあまり思わず何のためにそこに隠れたのか忘れた、その時。
ソフィアが首を引き抜いたときそのままに半開きになった部屋のドアから、今度はフェイトが顔を出した。きょときょとと探すように顔が目が動いて、すぐそこにいたソフィアをあっという間に見つける。
不思議そうに訊ねられて、ぼうっとしていた彼女が思わず悲鳴を上げたなら。
彼はますます不思議そうに首をかしげる。
「あ、あの、」
「今大丈夫だよ。急ぎの用事はないし、……それとも僕以外の誰かの呼び出し? 僕じゃない誰かに会いに来た??」
「ちっ、違うけどっ!」
だったらかまわないだろう、おいで、と手招きされて顔が引っ込んで。けれどどきどきする胸はそのままでどうしたらいいのか見失っているものはそのままで、いや、見失ったものはなんだか違うような気がするけど。
……どうしたらいいのか、わからな、
「ソフィア?」
「はいっ!」
――分からなかったのに、また生えた首に呼ばれて、思わず姿勢を正して返事をしていた。
きょとんと見開いたフェイトの目が、そして笑う。
「どうぞ、お姫さま。……むさくるしい上に何もないところですけど。あ、お茶でも飲むかい?」
「う、うん……」
むさくるしいも何も、何もないも何も。男部屋といったって、パーティメンバーのうち男性陣が泊まる宿屋の一室。同じ宿屋のすぐとなりで、女性部屋と間取りも何も違うはずがない。数日以上過ごせば別かもしれないけれど、今は、一向はまだここにやってきたばかりだ。
それなのにそんな風に言われて、そういえば向こうの部屋にもあったテーブルとチェアのセットに案内されて。
どうぞ、と椅子を引かれて招かれたら、悪い気はしない。
決して慣れているわけでもない手つきが、けれどたぶん部屋備え付けのお茶を淹れようとしてくれるのは、嬉しい。
そんなつもりはなかったけれど、
こんな風にエスコートされるのは。
――なんだか心が足元が気持ちが、ふわふわする。
「そういえば、ひょっとしてはじめてだったよな?」
「え?」
「ソフィアとこんな風にゆっくり過ごすの」
「……そうだね」
きっと彼の前には「再会してから」とかきっとそんな言葉が入って。だからソフィアは、うん、とうなずいた。慣れないフェイトはどうやら茶葉の量に悩んでいるらしい。目が茶器の方に向いたまま、ただ声だけが、
「――本当はさ、僕の方から行こうと思ってたんだよ」
「?」
「ソフィアのところに。
……先を越されちゃったな」
そんな風に、向いて。
「離れてた間のこと、ソフィアがいなかった間のこと。
いっぱい教えたいことが増えたし、知っておいてほしいことが増えたし。僕の方だけじゃなくて、もちろん無理にとは言わないけどさ、ソフィアがその間何をしてたか知りたい。どんな小さいことでも良いからさ、知りたくて」
――だから、もう五分もしたら僕がソフィアの部屋に行ってたよ。
なんとかお茶を淹れたフェイトが、満たされたカップをこれまた危うげな手つきで運んできた。手伝うよ、の一言が言えないままそんな彼をずっとじっと見ていたソフィアは、不意にしくんと痛んだ自分の胸にびっくりする。
痛んだと同時に浮かんだ自分の感情に、またびっくりする。
びっくりして、けれど胸が痛くて。カップをおいて、よし、となんだか満足そうに笑っているフェイトに。身体をひねったらすぐそこに立っている彼に。
胸が痛いから。
だから無言で抱き付いた。
「そ、ソフィア!?」
それこそびっくりして、ひっくり返りかけた声を上げたフェイトに抱きついたままただ首を振る。きっと彼の胸に頭突きをする形で、ぐりぐりと頭をこすりつける。
きっと戸惑ったまま、それでもやさしく、そんなソフィアの頭をなでてくれるフェイトに思わす涙が浮きそうで、それを押さえようと激しく瞬きしながら。
ソフィアはくすんと鼻を鳴らした。
ばかだって、分かっている。
たとえ本人が笑って許してくれたところで、
なんてばかなんだろう、って、
きっと自分が一番、よく分かっている。
――なんてワガママだろう。
でも、どうしても思ってしまう。
――もしもそれが叶ったところで、それはきっと「フェイト」じゃなくて。
――だからもしもそれが叶ったところで、きっと絶対に嬉しくないのに。
どうしても思ってしまう。
どうしても願ってしまう。
わたしの王子さまでいてほしい。
わたしだけの王子さまでいてほしい。
ずっとずっと、わたしだけのフェイトで、いてほしい。
――わたしの知らないフェイトに、ならないでほしい。
「ソフィア……?」
何も言えなくて、何かを言ったならそれをきっかけに泣き出してしまいそうだったから。だから、困ったように訊いてきたフェイトにまた首を振った。
それでも頭を撫でる手がやさしくて、
やっぱり泣きそうになる。
