好きです、あなたが。
だからわたしがあなたを想う気持ちを、
あなたにも抱いてほしいと思うのです。
「フェイト、遅いなあ……」
つぶやいたら、それだけ周囲が静かだったからだろうか。思ったよりも大きく声が周囲に響いて、ソフィアは思わず身をすくませた。
すくませたけれど、ぎゅっと閉じた耳には何も特別な音が届かなくて。そろそろびくびくと、別に悪いことをしたわけでもないけれどおそるおそる周囲を探れば、そもそも誰もいなかった。
――きっと、みんな忙しいのだろう。
そんな風に納得して、納得したその頭が。
ふと、思い付く。
「フェイト、おつかれさまー。調子はどう?」
「え、ああ……ソフィア」
両手がふさがっていて、苦労の末工房のドアをノックしたらふらふらと生えた首に、ソフィアは笑いかけてみる。ドアを開けたフェイトの顔にぼんやりと笑みらしいものがにじんで、きっと本人は笑っているつもりだろうとアタリをつけた。
「――はい」
「……なんだい?」
そうして、まあおいでよと中に招かれて、そのつもりはなかったけれどまるでそのお礼をするようなタイミングで彼に差し出してしまったもの。
大き目のマグカップ。
――ただし今は中身入りで、湯気が上がっている。
「朝から陽が完全に暮れた今まで、わき目もふらずにがんばったフェイトへのごほうび。
て言っても、単なるホットチョコレートなんだけど。疲れている時に甘いモノって良いんだよね?」
曖昧な記憶を訊ねるように首をかしげれば、ああなるほどとカップを受け取ったフェイトが苦笑する。
「僕はそう聞いたよ、聞きかじりの知識だけどね。
――うん、おいしい」
ありがとう、そういって穏やかに微笑む彼に、ソフィアの心臓がきゅうと鳴く。
疲れの見える顔で、それでも笑みを浮かべて。ゆっくり一口飲んで、まるでほっとしたような笑みを浮かべた幼馴染を。
その全部をじっと凝視しながら、ソフィアは軽く首をかしげた。
「なんだい?」
「んー……フェイト、昔は甘いもの好きだったよね?」
――ケーキとかクッキーとかパフェとか。
確認するようなソフィアの疑問に、少し考え込んだ彼がそうだね、とうなずく。うなずいて、さりげない動きでマグカップがおろされて――彼に渡したのとは逆の手、今は両手で抱えて湯気が顎をくすぐっていたそれの向こうに、ソフィアは上目遣いで、
「今はあんまり好きじゃないんだよね」
「いや別に、そんなことは、」
「ね?」
「……はい」
一口は確かに飲んで、けれどただそれ以上はまるで手つかずの甘い甘いホットチョコレート。ソフィアにとっては甘いモノは「とても幸せ」とイコールで結べるのに、幼馴染にはそうでもない。
それは、なんだか切ない。とても切ない。
「――ねえ、フェイト?」
「うん?」
仕事――たぶんクリエイション作業の途中のはずなのに、良いのだろうか。
思いながら名前を呼べば、間髪入れずに返ってくる返事。仕事の邪魔をしているソフィアを怒ることもなく、飲む気はないくせになぜかカップに目を落としている。ぼんやりしている。
そんなフェイトにソフィアの口元が甘くゆるむ。
「あのね、」
「うん」
「わたしはフェイトが好きだよ」
「うん、……!?」
「フェイトが好き……じゃあ、フェイトは?」
――わたしのこと、好き?
ぼんやりとうなずいて、次の瞬間ぎょっとしたようにあわてて顔を上げて。
そんな彼の目をソフィアは覗き込んでみる。
うろたえたような顔はきっと不意を突いたからだろう。いつもは大抵平然としている目が動揺に揺れているのを見るのは、なんだか楽しい。
「ねえ?」
「……す、好きだよ……?? 当然じゃないか。何だよいきなり」
「本当に?」
「…………好きだよ」
今度は、憮然とした顔。
思ったとおりの反応が面白くてソフィアがくすくす笑えば、憮然とした顔はますます渋くなっていく。
「なんだよ……」
――お前は僕をからかいに来たのか?
すねた顔がうめいて、違う、とソフィアは首を振った。動きにつれて髪がゆらりと揺れて、肩口を落ちてきた髪のひとふさを、ゆっくり後ろに流す。
「だって、フェイト甘いもの好きじゃないじゃない」
「は?」
「だけどこれ、すごく甘いのに一口飲んで、無理においしいって言った」
「……は??」
――そんなことないさ、ていうか飲まなきゃ味なんて分からないだろ?
……ああ、今日は珍しいフェイトがたくさんいる。
うろたえる彼にぼんやりそう思って、何だか泣きたい気分になる。
フェイトはやさしいから。
だからソフィアに気を使ってくれる。
それは、その心配りは嬉しいけれど、
疲れているのに自分以外を気遣う姿は、哀しい。
「――僕を試したのか?」
「違うよ。工房にこもって疲れているだろうから、何か差し入れしたかったんだよ」
「でも、試したじゃないか」
「試してない。訊きたかっただけ」
――ううん、
――本当は確かめたかった。
――どうしても、はっきりさせたかった。
――無理だって分かっているのに、……どうしても。
あなたの気持ちが、見えないから。
怒った顔のフェイトに、ソフィアは自分が抱えていたカップを突き出した。むっとする彼に、泣き出しそうな顔で笑いかける。
「ほんとはね、こっちがフェイトの分。
あんまり甘くなり過ぎないように、気を付けたんだよ」
「ソフィア、お前……」
「フェイトが好きなの」
怒る彼に、笑いかける。
「きっと、好きなの。大好きよ? ……でも、心って見えないから、この「好き」が本当かどうか、確信がもてない。
フェイトはいつだって気を使ってくれるけど、それに本当に甘えて良いか分からない」
むっとにらんでくる彼に、ソフィアの言葉にどうやら動揺する碧に。
彼女の心臓が、先ほどからきゅうきゅうとまるで落ち着かない。
痛くて、切なくて。――気を抜いたなら、その瞬間涙さえこぼれてしまいそうで。
「見えないモノに、証なんかないと思うの。
でもわたしはフェイトが好きで、フェイトに好かれたいと思う」
「ごめんね」
彼の手から、本当は彼女の分だった甘いホットチョコレートを奪って。そのかわりに彼女が抱えていたフェイトの分のカップを押し付けて。
だいぶ湯気の少なくなったカップの中身がこぼれないように、気を使いながらできるだけ早く、
――宿屋に、部屋に戻りたい。
好きです、あなたが。
だからわたしがあなたを想う気持ちを、
あなたにも抱いてほしいと思うのです。
そんな彼女を追いかける足音が、近く遠く。
――ねえ、ソフィア。あなたはこれを信じないの?
自分の心が自分に問いかけて、部屋に戻るまでは泣かないと決めたのに、視界が、
――視界がうるんで、心臓が、
――きゅうきゅうと、切なく泣いている。
