愛しいとささやかれることが、こんなに嬉しいなんて知らなかった。
喜ぶ顔を見ることが、こんなに幸せだなんて知らなかった。
――何も聞かなかった、耳は何も聞いていないことは分かっていたのに。
不意に耳の奥に甦った言葉に。
動揺した。
「……い、……た、あ……っ!」
現在ソフィアは細工の途中、というか癒し猫の製作中。動揺した結果かなり太い針を指先に刺してしまって、電流のように走った痛みにぶわっと目に涙が浮かぶ。
「うー……」
簡単なものなので誰の手助けもない、周囲には誰もいない。なので遠慮なく痛がって、ぷっくりふくらんだ血の珠を恨めしそうににらみつけた。
……それもこれもすべて、
――また不意に聞こえた彼の声に、今度は幻ではない生身の彼の声に。
再びソフィアはびくんと跳ね上がる。身体が勝手にかたくなる。
「ソフィア、……と」
工房の入口から彼女の姿を見つけて、声を上げかけて。けれど彼が口を開いたところで、何があったのか、目当ての少女の身体が跳ね上がった。
「……?」
驚きでタイミングを見失って、ただ見つめる彼を知らないソフィアは、何か失敗したらしくぷくーっと頬をふくらませている。どのタイミングだったのか、いつの間にかじわりと頬が染まっている。
……ああ、かわいい。
でれっと顔がゆるむのをおさえられない。同時に、ただ見ていることさえできなくなって。
「ソフィア?」
たまらない気持ちで、名前を呼んだ。つぶやくような問いかけるような声は、それでもしっかり彼女に届いたらしく。
びくん、再び跳ね上がる身体。少し硬直して、やがてゆるゆる顔がこちらを向いて。
彼の姿を見た瞬間、少し落ち着きかけていた顔色が、今度はぼふっと真っ赤になった。首筋まで赤くなって茹で上がったような顔が、びっくりを全面に出して彼を見上げる。
……ああ、なんてかわいいんだろう。
……我慢なんてかなぐり捨てて、今すぐここで丸ごとぺろりと食べたいくらいだ。
自分でも変態めいた考えはさておいて、モノの多い雑然とした工房内をひょいひょいと移動して。
まだ真っ赤で、でもむっと見上げてくるソフィアに。
フェイトはにこりと極上の笑みを向ける。
「細工……の邪魔したかい?」
「……失敗したらフェイトのせいなんだから」
……わけの分からない言いがかりつけるなよ、
――と、彼は言わなかった。ふと浮かべていた笑みを消すと、手をのばす。彼のせいではない涙目で見上げてくるソフィアの、作りかけの猫のぬいぐるみを支える左手をひょいとすくい上げる。
あ、と、え、の中間のつぶやきを無視して、その白い指先を、
「……!! ふぇ、」
ひくんっ、さらに跳ね上がった身体。ちらりと見上げたなら、見える肌すべてがそれはもうみごとに赤くなった愛しい彼女。
きっと右手に持つ針で刺したのだろう、傷口が小さいのですぐにはなして、
「――どうかしたかい?」
にっこりと笑いかけた。
ら。
ぐーが飛んできた。
「ばか! フェイトのばか!! スケベヘンタイ死んじゃえ!」
パニックと恥ずかしさで自分が何をわめいているのか、一体何を考えていたのかまるで何も分からなくなった。ただ諸悪の原因にぽかぽか殴りかかって、とりあえず浮かぶ罵声をぽんぽんと投げ付ける。
「いていていて、やめてくれよソフィア」
全然痛がっていない余裕の悲鳴がさらに腹が立ってどんどんわけが分からなくなって、
殴りつける指先が、じんじんしている。
先ほどフェイトにキスされて、含まれてゆるく舌先がなでていった感触が、
「……!
ばかー!!」
――好きだよ。
フェイトに言われたのが、昨日。
――再会してばたばたしていて、なかなか言えなかったんだ。
あのときの彼も笑っていた。
――ああ、一応補足すると、
――男として、僕はソフィアが好きだよ? ……愛してる。
軽い調子で、でも緊張していたのは分かった。ソフィアに分からないはずがなかった。
ずっとずっと、一緒にいたのだから。
――返事は、明日の今ごろ聞きに行くから。
――イエスって返事、期待してる。
そして、ぼろを出さないうちにそそくさと立ち去ったのだってよく分かった。
分かったけれど、ソフィアの身体はどうにも動かなくて声さえまるで出せなくて、
フェイトのことは、ソフィアだって好きだ。
けれどソフィアの「好き」は、家族のような、幼馴染としての。――「愛着」とかきっとそういうモノと同じはずで。それ以上の気持ちはないはずで。
ないはずなのに、あのときの――笑顔の奥の真剣な目、何気なさを装った緊張感、本当は不安でいっぱいなのを無理に隠した余裕の態度。
全部に、ソフィアの心は揺れっぱなしで。
何をしていても、不意に彼の言葉が、彼の声が笑みが耳に目にちらついて。
――わたしは、
「約束どおり、返事を聞きにきたんだ」
ぽかぽか殴りつけてくる細い手首を、つかみとめた。ぎくんと身をすくませた彼女に、耳打ちするようにそんな距離でささやいた。
「イエスでもノーでも、僕はソフィアを好きだから。ずっとずっと、一生好きだから。ソフィアが今までのままがいいっていうならそうするように努力するし、僕はもう、ソフィアを一人にしない。ずっとずっとそばにいる。
誓うよ、――だから」
――もしもイエスなら、くちびるに。
――まさかノーなら、額に。
ずっと一緒に過ごしてきたのは、フェイトだって同じで。だからそのくらいならソフィアも許してくれるだろう、と頭の冷静なカケラはそんな計算をしている。
大部分は、けれどキンチョウでがちがちで。
「僕はソフィアが、好きだ。
――返事を、聞かせてくれるかい……?」
愛しいとささやかれることが、こんなに嬉しいなんて知らなかった。
喜ぶ顔を見ることが、こんなに幸せだなんて知らなかった。
ふわりと微笑む花に、くちづけようとしたら。
花の方が身を寄せてきて。
血が騒ぐ、血が踊る。
――ああ、
