気を抜くと、いつもそうなってしまう。
別にそうしたいわけではないのに、そうなってしまう。
絶対に嫌いじゃない、けれど。
けれど――もう、大人なのに。
「クリフ、いる?」
養父と合流して、最初に宿に泊まったその日。
マリアはドアをノックした。気配から分かっていたけれど返事がなくて、けれど男部屋のドアは素直に開いた。
「……無用心ね……」
養父がいい加減なことは知っていたけれど、どうやらあの青年も同レベルらしいとマリアは額に指を当てる。
……いや、もしかして感化されたとか。
……ダメな方に。
「……そうだったりすると、そんな理由どこにもないのになんだか自分に腹が立つわ……」
――関係ないのに、どこにも関係ないのに。
なんだかがっくり肩を落としたくなる。
あの日。目標人物を無事保護した、の報告の直後。
正体不明艦からの攻撃を受けた、ワープでひとまず逃げる、――の通信を最後にイーグルから通信が途絶えた。
クリフだけではない、あのミラージュだって一緒にいると分かっていたけれど。
あの状況で、しかも意味ありげにラストあたりがぶつっとかがりっとかいう感じに途切れた通信。それで心配しない方がどうかしていると思う。
未来位置を算出して、とはいえかなり広いその範囲を探しているうちになんとかイーグルの行方をつかんだ。
その時はほっとした反面、嬉しかった。
――もちろん彼を疑っているわけではない、ちゃんと信じている。
――むしろああいった生命のかかった土壇場でのクリフの底力には、全幅の信頼を置いていると言い切ってもどこも恥ずかしくない。
それでも、やはり不安だった。
……両親を、育ての親を亡くした状況が、気にしてないつもりだけど影響しているのかもしれない。
だから、
――だから「あの状況でよく生き残ったわね」なんていつものかわいげのない台詞で。
けれど心からねぎらってあげようと、思ったのに。
「……どうしようかしら」
中途半端に開いたドアを前に悩むのがなんだか馬鹿らしくて、だったらと部屋に入り込んで。そしてマリアは首をかしげる。
――出直そうか。
――用があるから、帰ったらこちらの部屋に来なさいとでもメモを残しておこうか。
――すぐに戻って来るならこのまま待ちかまえて、用心がなっていないわよと怒るのもありだけど、
――いつ帰ってくるのか、そんなこと分からないし。
ねぎらいに来たのに、分かっているのにそんなことを考えながらゆっくり部屋を一周して。それでも答えが出ない上、やはりクリフが帰ってこないから。
――もう一人の部屋の主、あの青年だって帰ってこないから。
どうしようか、考えながらマリアは手近な場所に……部屋のベッドに腰を下ろしてみた。
考えているのにぐるぐる考えは同じところばかり回って、やはり答えが出ない。そのうち考えることに飽きてきて、腰を下ろしたのが何しろベッドだったから。
ぽすん、身体を背後に倒してみる。
そしてそのうち。瞬きが長くなってきたと、自覚する前に。
――そのままうっかり、彼女は眠りに引き込まれる。
……大切な人、大好きなひと。
恋人としては考えるつもりもないけれど、もし仮に失ったなら、きっと喪失感のあまり泣くことさえできない人。
あの瞬間襲ってきた不安は、イーグルの行方をつかむまで身体の芯を凍えさせていた恐怖は。つまり自分が彼をそれだけ必要としていると、自分に対して証明するもので。自覚するのはなんだか悔しかったけれど、……ああ、やはり悔しい。否定材料がない。
――別に、いつも目の前にいなくたって良いのに。
――たまにはいなくなったって、絶対どこかでしぶとく生きているに決まっているのに。
――あの実は冷たい目で、図太い神経で。どこかでにやにや笑っているに違いないのに。
彼があっさり死ぬような状況なんて、きっとどこにもない。彼がこの世界から、彼女に何も言わずにいなくなってしまうことなんてない。
信じている、いや、信じるより前にそれはきっと。
マリアの中で「当たり前」のこと。
なのに。
「……おいおい、こんなとこで無用心に寝てんなよな」
「……、?」
そしてささやく声に意識が浮上した。苦笑まじりにゆっくり髪をいじられて、それがなんだか安心した。
すぐそばにある大きな気配に、緊張と不安と疲労で尖っていた心が包まれて。
それはなんだか、とてもとても幸せで。
幼い子どもに還ってしまったようだった。
それを許して、守ってくれる気配が大好きだった。
「……くり、ふ……?」
「おう、姫さんのお目醒めか??」
気を抜くと、いつもそうなってしまう。
別にそうしたいわけではないのに、そうなってしまう。
絶対に嫌いじゃない、けれど。
けれど――もう、大人なのに。
もう自分は、彼にいつまでもしがみついているような、子供ではないのに。
子どもでは、なくなってしまったのに。
「……無用心なのは、クリフじゃない……。
鍵、あいてたわよ。……もう」
「あー、そうだったか? 悪ぃな」
「……ほんとに悪いって、思ってる……?」
いまだ横になったままのマリアの髪を、その広がった鮮やかなつややかな髪を。おだやかに笑ったクリフが、おもちゃにするようになでていた。
その手が動きがあまりにやさしくて。
マリアもふわりと、顔をほころばせた。
こうして、誰もいないところで。
――甘えさせてもらえるのは嬉しい。
こうして、この人を独り占めできる時間が。
この人が、ちゃんと生きてここにいてくれることが。
――とてもとても、……しあわせ。
