笑ってそんなことを言う人が、言っている内容はとても間の抜けたことなのに。
それなのに、とても、――とても。

―― 欲 [笑ってほしい]

久々のディプロで、久々の自室だった。慣れてきたとはいえ旅に疲れていたし、だからざっとシャワーだけ浴びて一寝入りするつもりだったのだけれど。
自動で開いたドアをくぐると、設定どおり少しだけ光量を落とした照明がじわりと点いていく。マリアの脚はいつもどおりにデスクに一直線、備え付けの椅子に座ると同時、個人端末が立ち上がって部屋の照明が強くなって、
「――まったく、習慣て嫌になるわね」
我に返って思わずつぶやいて、けれどマリアの目はしばらく留守にしていた間にたまっていた艦内メールをとらえていた。思わずキーボードを操作して、「重要」のマークの付いたメールを次々開いてしまう。

――シャワーを浴びて一寝入りするつもりだったのに。
――疲れているのに。

それなのに、頭が仕事モードになっていた。深く意識するよりも先に、それよりも早く。
マリアの指がキーボードの上を踊る。
画面に映る情報が次々流れていく。

◇◆◇◆◇◆

「精が出るな。……ひょっとして休まずにずっとか?」
「っ、……くり、ふ……」
耳元にぼそっとつぶやかれて、はじかれたように顔を上げる。
身体ごとあわてて振り返れば、よぉ、と片手を上げるにこやかな養父がいて。その顔に浮かぶ笑みがじわりと苦笑に近くなるにつれ、何だかいたたまれないような気持ちが強くなる。
「休むためにディプロに戻ってきたんだよな? エリクールも悪かないが、何しろ慣れねえからってよ」
からかうような口調、口元には笑み。――ただしその青い目だけは、どこまでも真剣で。
言葉の裏に気付いている。そのとおりで、何もいいわけできなくて。心配からきた台詞だと分かっているから、無理な反発さえできない。
それでも、素直にうなずくのが悔しいから。

――ぷい、黙ってそっぽを向いたマリアにふっと苦笑の気配。彼女の頭をそして大きな手がわしわしとなでる。髪が乱れるから止めろと何度も言うのに、まるで聞かないいつものクリフ。

――許されている、甘やかされている。

いつだって思い知っていることを再確認させられた気がして、それが悔しい。
どうしても悔しい、それなのにどこかほっとする。
矛盾する自分の心が、矛盾には気が付くのにその先が見えない。

――頭が、回らない。

◇◆◇◆◇◆

「……何の用よ」
「どうせそんなこったろうってな。ミラージュとマリエッタに、様子見に行け休ませろ、とか命令された」
黙っていたら負けだと思って、つっけんどんな問いに間髪入れず返ってきた返事。それを聞いた瞬間、マリアは思う。
――嘘だ。
いや、半分はそのとおりで、ただし残りの半分はクリフが自発的にマリアを心配したのだと思う。むしろ心配でうずうずしていたところに言われて口実を見つけた、とか。
言われなかった言葉の裏に気が付いて、そんなマリアを知っているくせににたにたしているクリフに今度こそ腹が立つ。全部全部養父のてのひらの上で踊らされている感じがして、それはとても腹が立つ。
そしてぎゅっと寄った眉間のしわを、クリフの太い指がのびてきてほぐされて。
それもまた腹が立って、同時に妙に嬉しくてその嬉しさを意地で隠すためにことさらきつい顔をしてみせれば。
「ようやく目を合わせたな」
満足そうなクリフが笑って、しまったと――なんだか悔しい気持ちが余計に強くなる。

◇◆◇◆◇◆

「――ま、それは良いけどよ。ええと……いろいろ押し付けられたんだ。
食いもんやら飲みもんやら、音楽のデータもあったな」

――こういうときのクリフは、嫌いだ。
――こちらの呼吸を読んで、絶妙のタイミングで全然別のことをぶつけてくる。

どこにどう隠し持っていたものか、話題に出すのにあわせて次々取り出されるものを意地でも見たくなくて、クリフの思惑にはまりたくなくて。奥歯をかみしめる彼女に、きっと気付いているクリフの目元が笑っている。
――かなわない。
経験も、懐の大きさも。見た目どおりの体力腕力には張り合う気さえ起きないけれど、内面とっても何ひとつかなわない、そう思い知ることは悔しい。
悔しいと思うこと、そこからして負けていると思うのに気持ちがどうにもならない。
それもまた、悔しくて。

◇◆◇◆◇◆

「――なあ」
「何」
拒絶を前面に出した声に、ひるまない養父が人懐こく笑う。思った以上に近くにいて、さらりと流れたマリアの髪をゆっくりとすくっている。
「クルーたちがみんなお前を心配してる。ミラージュも、もちろんオレもな。
気を張りつめすぎだ、がんばりすぎだ――いつか倒れるんじゃないか、って心配してる」
変に慎重な動きで彼女の背後にそれを流して、覗き込んでくる青はどこまでも真剣で。
「――それ、知ってたか?」
マリアの呼吸が凍り付いて、青に呪縛されるように凍り付いて、軽く抱き寄せられても呪縛はまだほどけない。
「中には、お前にメール送ったことディプロの床が抜けるんじゃねえかってくらい後悔して沈みまくってるヤツもいるぜ。仕事で必要だったくせにな。
知ってたか?」
ぽふり、頭を包む大きな手。ここでようやく呪縛がほどけて、けれど身体は硬直したそのままで、
「無理するな、限界以上にがんばるな。
――誰もお前のこわい顔なんざ見たくねえよ」
ゆるやかな拘束が、けれど身じろぎさえできなくて。
「笑ってほしいんだ。オレも、たぶんミラージュもクルーたちも。
たったそれだけでむくわれるんだ。
――なあ、マリア。それ、知ってたか……?」
もう一度覗き込まれて、今度の青に硬直がほどける。やさしい笑みにこころがほどける。

「笑ってくれよ。
非力とか体力がないとか、そんなんどうでもいいから。リーダーらしくとか、小娘がどうとか、んなこと言いたいやつに言わせときゃいい。
たったひとりで、何もなけりゃ笑えねえってんなら誰かに言え。もちろんオレでもいい。
どんなことだってしてみせてやるから」
不器用なウィンクがやさしくて、そこで気がゆるんだのかいきなり襲ってきた疲労感になんだかくらくらした。
「笑ってくれよ、マリア。誰もがそれで報われるんだから」
身体中から力が抜けて、まぶたがなぜいきなりこんなにも重くなるのか。
それだけ疲労していたのか。

まだクリフが何か言っているのに、それを聞き取ることができない。
聞き取ることができても、その意味が分からない。
まるで魔法にでもかけられたように、意識が闇の中にどんどん沈んでいく。

ただ、
――お前のためにだったら、オレはいくらでも道化になるさ。
そんな台詞を聞いたような気がした。
笑ってそんなことを言う人が、言っている内容はとても間の抜けたことなのに。
それなのに、とても、――とても。
とても、嬉しいと思った。

かしいだ身体を大きな手が支える。倒れこみそうになった身体をあたたかいものに包み込まれる。
ふわふわと空を飛ぶような感触、これはゆっくり運ばれているのか。
そして、どこかにおろされて、そこは懐かしくてなんだか安心する。

そこでふつりと意識が途絶えて。
――けれど手がつながれる感覚があって。

マリアの口元がゆるんだ。ゆるんでしまった。

――「笑え」という彼の言葉どおりに笑えていただろうか、
……そんなことを、ぼんやり思ったりする。

―― End ――
2006/02/25UP
笑ってほしい / あなたへのあいのうた。5題_so3クリフ+マリア_
OFP
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欲 [笑ってほしい]
[最終修正 - 2024/06/14-16:27]