酒の力を借りないと、愚痴さえ吐くことのできない養女が。
その不器用さが一途さが生真面目さが。
何よりも心配で、同時に、
――同時に、何よりもいとおしくて。

―― 手 [冷たい手、小さな手]

「クリフ、お酒呑むでしょう?」
「お、気が利くな」
久しぶりにディプロに戻って、航宙艦にいる以上形式でしかない「夜」がだいぶ更けたころ。自室でそろそろ寝ようかとのびなどをしたクリフの元に。
まるではかったようなタイミングでマリアがやってきた。
手土産は酒瓶が二本、もちろん諸手を上げて歓迎する。
土産があろうとなかろうと、養女の訪問なら彼はいつだって大歓迎だ。

◇◆◇◆◇◆

「くーっ、ウマいっ! どうしたんだこれ、お前の趣味じゃねえだろう?」
「ダムダ・ムーダがガメていたの没収したの。秘蔵の酒だからって泣き叫んでたけど、だったらちゃんと仕事すればいいのよ」
――ねえ?
つんとすまして言い切って、そして探るような目を向けてきた彼女にクリフは思わず苦笑した。そのままくいっとグラスを空けて、酒を向けられるのをありがたく受け取る。
透明の酒がこっこっこっと小さな音を立てて注がれて、
含めばきりりと辛口が、口中に広がって文句なしに美味い。

「娘と酌み交わすってのもなかなかオツなもんだな。……と、ほれ、マリア」
「ありがと」
彼女の手のグラスに注がれたのは、もう一本の瓶の中身。チェリーの果実酒とかいっただろうか。透明なグラスに淡いピンクは愛らしく、ほんのり顔を上気させた養女によく似合うと思う。
ちびちびと含んではちらちら何か言いたそうに彼をうかがうのに気付かないふりをして。
上機嫌に杯を重ねる。
――美女の勺で呑む酒は、それが養女ともなればさらに格別だ。
そんな風に思いながらただ杯を重ねる。

◇◆◇◆◇◆

他愛のない雑談。旅の目的の半分と、それに向けた不安。旅の間に気になった点、それの改善案。特定パーティメンバー間での、じゃれあいなのかケンカなのか分からないやりとりについて。
あれこれ何気ないことをネタに、ただただ延々呑み交わす。
一口目で頬を染めた養女は、酒が進めば進むほどどんどん顔を赤くして。
そして今にも眠りそうなとろとろした目を、やがてどうにかクリフに向けた。

「……クリフ」
「ん?」
目で問いかければ、すでに力の入らない手にグラスが危なっかしい。ぐらんぐらん揺れる頭がなんだかマズいことになりそうだと思う。
思いながらも、ただ目を向ければ。
ふっと翠が下に落ちて。

「私……そんなに強いのかしら。なに言われても傷付かないでいられるのかしら」
「んあ?」

誰かに何か言われたのだろうか、心ないことでも言われたのだろうか。
きっとその場は冷静に冷酷に乗り切って、その後もまるでそんなことを気にしていないように振舞って。
それでも抱えきれない心を、こうして彼に吐き出しに来たのだろうか。

小さな手を組んでほどいて、彼女はただつぶやくように、
「強くありたいって思うのよ。表面しか見ようとしない馬鹿に付き合ってなんかいられないって、思うのよ。でも、
――でも本当の私は全然強くなんてなくて、いちいち気になって仕方なくて、
きっと何も感じずにすむようになったら、それはそれでそんな自分が不満で、
……自分が自分でどうありたいのか、分からないの。分からない自分が、悔しいの」
唇に当てたグラスを傾けないで、傾けないまま再びそれを離してすがるような目を向けてきて、
「クリフの目には、私はどう映っているの? クリフには、私はどうあれば私らしいと思う?? ――それとも、弱音なんか吐くなって、あなたなら言うのかしら」
「バカ、んなことねえよ」

◇◆◇◆◇◆

誰より強いとか、冷酷だとか。
そんな風に思われているマリアは、クリフに言わせればとんでもない、人一倍臆病で不器用なか弱い「おんなのこ」でしかない。
か弱いマリアに、だからクリフはやわらかく笑いかける。

「オレがどう思おうと、お前はどういうお前でも、たった一人しかいない「マリア・トレイター」だろ? 正解なんてねえよ。いや、お前が出した答えが、いつだって正解、かな」
「……答えになってないわ」
「答えようがねえんだよ。お前のほしい答えは、分かったところでオレには答えられねえ。きっと誰にも答えられねえ。
……そもそも、分かってねえんだがな」
本当? と目が訊ねるのに、大真面目にうなずく。うなずいてから、笑いかける。
「ただひとつ、これだけは絶対言い切れるってのはな。
――オレは、お前が好きだぜ? たぶんクォークのメンバー全員、お前のことをちゃんと好きだ。お前が自分を嫌いになっても、きっと変わらず好きでいる。――オレも、クルーたちもな」
「断言して良いのかしら?」
「まあな。――もしもお前がまかり間違って変な方向に行きかけたなら、その前に全力で引き止めるさ。それだけ見られてるんだ、だからお前は平気だよ」
「……よく分からないわ」
「奇遇だな、オレもだ」

何よそれ、とふくれてからすぐに吹き出して、こらえきれない笑いにくすくす息を漏らすマリアにクリフは笑う。ようやく笑みを取り戻した養女に、安堵して笑う。
その彼女が、不意に何かを思い付いた顔をしてちょいちょいと指で招いたから。
なんだろうと思って、今度は重いことじゃないよなあと思って身を屈めたなら。
「――ありがとう、私もクリフが大好きよ?」
つかまって、のびあがって。
こめかみあたりにやわらかな感触。
「――もう寝ろ酔っ払い」
「あら、照れたの?」
くすくすくす、そして笑みが深くなる。

◇◆◇◆◇◆

酒の力を借りないと、愚痴さえ吐くことのできない養女が。
その不器用さが一途さが生真面目さが。
何よりも心配で、同時に、
――同時に、何よりもいとおしくて。
どうしようもないくらい、いとおしくて。

だから誰より幸せになってほしいと思う。
だから誰より幸せになるべきだと思う。

◇◆◇◆◇◆

ふわりと笑ったマリアの身体から、そして一気に力が抜けた。
あわてて支えて覗き込んだなら、
小さな手からこぼれ落ちたグラスをあわててつかみとめたなら。
微笑んだまま、彼女は寝入っていた。

幸せそうな安心しきった顔に、
そしてクリフの頬も、苦笑まじりにやわらかくゆるむ。

―― End ――
2006/03/07UP
冷たい手、小さな手 / あなたへのあいのうた。5題_so3クリフ+マリア_
OFP
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手 [冷たい手、小さな手]
[最終修正 - 2024/06/14-16:27]