想いは、歌声にとけて。
――そしてきっときっと届く。
晴れた空に綿雲がぽっかり流れていく。そこを時々横切る影は、鳥か何かだろうか。
「……暇だわ」
「……自業自得ってヤツだろ」
「クリフのそれだって自業自得じゃない」
「分かってるからこうしておとなしくしてるんだろうが」
四角く切り取られた窓の向こうの景色は、平和そのもの。ぼやきに返事があってひとしきりやりとりして、諦めて向いた先には自分。および養父。
双方とも、目に痛いほどの白い包帯にまみれている。
自分でも無茶な闘いをして、そして二人とも怪我をした。むしろ死亡一歩手前までいってみた。それでもなんとか生還して、だったら術かアイテムで癒せば一発なのに。
薄情な仲間たちは、いい機会だからゆっくり静養しろと二人を病室に押し込んだ。
治るまでには町周囲の敵モンスターは全部片付けておくから、と。
そんなことは、笑顔で言われたところでまったく嬉しくない。
置いて行ったりしないから安心しろよ、と。
言われても、別にそんなことを心配しているわけではなくて。
動かすと痛いものの、逆をいえば動かしたりしなければ痛みも走らないマリアが。まず自分を見て、そしてこちらはギプスで両腕両足がちがちに固められたクリフを見て。
大きく息を吐く。
「……どうしてクリフって治癒術扱えないのよ」
「お前なあ、自分棚に上げて言うなよんなこと」
同じように息を吐いて、呆れたように言われて。分かっていてそうぼやいたマリアは、また窓の向こうに目をやった。
「じっとしてるのは性に合わないわ」
「オレだってそうだよ……なあ、何か隠し持ってないのか?」
「それならこんな風に腐ってないでとっとと使ってるに決まってるでしょう」
「そりゃそうか」
じっとしていてもぴりぴり痛むのは、てのひらに負った軽い火傷。連射の結果過熱して暴発寸前だったブラスターで、うっすら火傷したてのひら。
ふと自分のそんな手を見下ろして、くっと口の端が歪んだ。
小さな手、か細い手。何も守ることができない、守られるばかりの無力な手。
私は、
――思考がどうにも後ろ向きで、マリアはまたひとつ大きく息を吐き出した。
「身体動かしていれば、何も考えずにすむのに」
「自分を責めてもどうしようもないだろ」
「分かっているわよ、だから腹が立つんじゃない」
「そうかよ」
ふっと息を吐き出したのは、きっと笑ったからだろう。見なくても分かって、むしろクリフの思考はマリアとだいぶ重なっている。
――別に養父だからって似なくても良いのに。
そんなことを思って、マリアは手をぐっと握り締めると同時、目を閉じた。
――寝て時間をつぶそうにも、もう寝飽きていて。分かっていたけれど、そうしてみる。
いかにも暇をもてあます養女に、クリフは苦笑で頬をゆるめた。
――考えてみれば、彼女とこうしてのんびり過ごすのは。ひょっとしたらはじめてかもしれない。
クリフの知っているマリアは、いつでも走っていた。
事態についていくことができずに呆然としたり、親の死を知って理解して悼んだり。そうしてときおり歩をゆるめることはあっても、けれどそれでも常に走ってきた。
自身の特異な能力を知ってから。フェイトの、「仲間」の存在を知ってから。
その傾向は、特に顕著で。
いつかつぶれてしまうのではと、心配で。
いつか壊れてしまうのではと、不安で。
だからこうして無理やりにでも休む今は、仲間の目論見どおり彼女にとっていいことなのかもしれない。休ませようとしても素直に休まないマリアには、この休憩時間は必要かもしれない。
たとえすることがなくても、クリフとしては養女を見ているだけで、飽きない。
親ばかと笑われても、事実だから仕方がない。機嫌よく笑ってくれればもちろん嬉しいけれど、こうしてただ横顔を見るのだって、なぜだか面白くて。
「ね、クリフ」
「あん?」
ふと思い付いたようにこちらを向く彼女。さらりと揺れる青い髪。
にこりと笑いかけられれば、クリフの頬もゆるむ。
けれど。
「歌って?」
けれどまさかそんなおねだりをされるとは、思わなかった。
機嫌が良いとき、クリフは鼻歌を歌う。本人がどこまで自覚しているか分からないけれど、少しだけ調子の外れたメロディは、聞いているこちらまで思わず楽しくなる。
そんな彼だから、一度。
一度ちゃんとした歌声を、聞いてみたいといつも思っていた。
この機会に念願を叶えてやろう、とそんな目論見をふと思い出した。
「そういえばクリフの歌声って聞いたことないのよ。前のクォークの集まりのときはなんだかんだって逃げられたし」
「人聞きの悪いこというなよ……」
「ねえ、聞きたい。……歌って?」
マリアのわがままを、クリフは基本的に聞いてくれる。
そうと分かっていて願うのは、卑怯だと思う。思うけれど、でも今のマリアが甘えることのできる相手なんて、クリフかミラージュくらいで。恋人でも作ってそちらに甘えればいいんですよ、といつかミラージュには言われたけれど、そんなもの簡単に作ることのできる性格ではない。
小首をかしげて、けれど子どもっぽい願い、態度のわりに目は真剣だった。推し量るにはマリアの思考回路は複雑すぎるけれど、何かがあるのかもしれない。
そんなものなくても、クリフは彼女に逆らえないから。
――だったらこの想いをのせて歌ってやろうか。
――どれだけマリアを想っているか、彼女の幸せを祈っているか。
――この思いすべてを込めて、歌ってやろうか。
歌なんてあまり得意ではない彼だけれど。
それでもそれでマリアが満足するのなら。
たったそれだけで、思いのカケラがマリアに届くのなら。
――愛しているよ、の気持ちが届くのなら。
朗々とした深い、けれど時々音の外れた歌声がそうして広がっていく。
想いは、歌声にとけて。
――そしてきっときっと届く。
きっと、心に。
届いてくれる。
