知っていたって知らなくたって、
お前は絶対同じことをするぜと笑う。
そんなあなたをどうして、
腹立たしいだけではなくて、どうしてこんなにも、
部屋の外からさりげなく気配を探ったら、誰もいなかったから。きっと買い出しやら何やらに出ているのだろう、そう思ってちょうど良いと思った。
別に彼らの荷物を物色しようとか、そんなつもりはなかったけれど。
ちょっと、人の目のない場所が必要だったから。
……なのに。
「――邪魔するよ」
なのに開けたドアには人影があった。
別にせまくも小さくもない部屋で、けれどなんだか窮屈そうに肩をすくめていた長身の男。開いたドアに顔どころか身体も向けてくる。
「お、どうした?」
不思議そうに、そのくせ全部見透かすようないつもの目で。軽い調子で訊いてくる。
なんだかんだいって、そういえば今まで同じ宿で休んだことはなかった。
実のところ、今日の宿だって別のままだ。
「グリーテンの技術者」はつまりあくまで「客」で、だからというのもある。こちらはあくまで仕事中だから、立場が同じでない、というのもある。
ただ単に彼女の性格から、という理由ももちろんある。
それだけ心を許していない、許したくない、という気持ちも。
――ある、はずなのに。
「……いたのかい……無駄に気配消す癖、どうにかした方が良いんじゃないかね?」
「どういう意味だよそりゃあ」
うかつな自分を呪いながら憎まれ口を叩けば。やれやれと大袈裟に肩をすくめられた。分かっていてもそう簡単にこの男のペースを乱すことなんてできないと、思い知ればやはり悔しい。
悔しいし、もう一人は確かに部屋にいないことは確かめたから。
「――ま、いいや。ちょっと部屋借りるよ」
「……あ?」
短刀をさりげなく確認しておいて、おもむろに帯を解いた。はらりと落ちる布、楽になる息。ふう、と息を吐いて抱えていたもの、薬と包帯を改めて手に取れば、
――そのついでのように男へとちらりと目を向ければ。
なんてことだろう、
なんて悔しいだろう、男は。
――まるでネルに興味がないかのように、部屋のつくりをしげしげと眺めていた。
同じ宿に部屋を取ったことなどない、本心ではまだこの二人組を信じてなどいない。
言葉の端々から技術知識の高いことは認める。けれど。
だからといって人間として信用するには、二人は二人とも怪しすぎる。
ネルの知らない何かを抱えて、それを隠し通すつもりだろう。
それは、正直気に食わない。
だから、信用していなくて。
これからだって、その手の内を明かさないことには信用なんてしてやるものかと思っていて。
けれどその一方で、ネル自身のことはそうそう打ち明けてたまるものかと思っていて。
アンフェアな自分は、誰よりも分かっていて。
なんだかんだいっていつだって自分のペースを崩さない男が、それと同じくらい悔しかった。
好きなように気持ちかき乱されているのはきっと自分だけで、それはとても悔しかった。
だから、どんな方法だっていい。
男を、一度でも驚かせてやろうと。
――自覚するよりずっと前から、ネルの本心はそんなことを企んでいた。らしい。
別に目の色変えて襲ってこい、なんて思わない。
もしもこの男が本気で力に任せるつもりなら、いくらネルでもきっと抗いきれない。
そんな危ない橋、渡ろうなんて思うはずがない。
ただ、それでも。
おもむろに服を解いて、驚愕した男を嘲笑ってみたかった。
ばかだね、とかなんか。男の愚かさを笑ってやりたかった。
――まさか、目を向けられてさえいない、なんて。
女として、それはものすごく――ものすごく悔しいことではないか。
抱えていた怪我の痛みが、むくむくわき起こった怒りに薄れていく。むかむかした苛立ちに消えていく。
頭の奥の冷静な部分が、今あたしは何をやっているんだ、と呆れても。危ない真似をするなと声を荒げても。それこそ男がその気になったなら――どんどん危険な方向に自分を追い込んでいると、分かっているはずなのに。
「……ねえ」
「ん? どうかしたか??」
――きっとネルの考えていることなんて、またしても全部お見通しなのか。
クリフの声が笑っているようで、それもまた悔しい、むかむかする、腹が立つ。
――あんた、何も思わないのかい?
……それは、ポーズではなくて。
……本当に、何も思ってくれないのかい……?
言いたくて、でも言えるはずがなくて。何も言えないまま悔しさに唇を噛んで、あとはもう怪我の手当てをしていくネルを。
きっと背後から、今度はじっと向く視線が。
「ま、オレが本当にしたいようにしたら、お前さん、あっという間にオレからはなれてくからなあ」
「……っ!?」
思わず振り向いたなら、いつもの青が笑っていた。
何ごともなかったというように。
どこまでもやさしく笑っているように、ネルの目に見えた。
ぼそり、先ほど、つい今ほど。
かすかなつぶやきを聞いたと思ったのは。
果たしてネルの、
……願望、の、せいだろうか。
――知っていたって知らなくたって、
――お前は絶対同じことをするぜと笑う。
――そんなあなたをどうして、
――腹立たしいだけではなくて、どうしてこんなにも、
――こんなにも、
悔しさと苛立ちと。腹立たしさと。
この手当てが終わったら、全部をかなぐり捨てて直線で訊いてやろうか。
そうしたなら、少しは。
この男も取り乱してくれる、だろうか。
ネルは思う。
悔しいけれど、思う。
