深く考えてなんか、いなかった。
ただ、気が付いたらそこに向かっていた、気が付いたらその部屋に飛び込んでいた。
それって、……それって。
つまり無意識のさらに底では、
ノブに手をかけるとほぼ同時、それをひねるのももどかしく体当たりをかける。未開惑星はだから困る――そうしないとドアが開かない。
力というか勢いあまって、おかげで二の腕のあたりが痛くて――でもそんなことにかまっている余裕なんてなくて。
そうやって部屋に滑り込むと同時、背中でドアを閉じてそのまま背中に体重をかけた。
今ごろになって膝ががくがくいって、つんと鼻の奥が痛くなって涙か浮かんできて。
「……じ、嬢ちゃん……? どうした??」
「クリフさぁぁぁん……」
昼寝でもしていたのか、ベッドに寝ていた部屋の主がそこでびっくりした顔でむくりと身体を起こした。ゆったりした印象なのに気が付けば彼女のすぐそばに立って、困ったような目が見下ろしていた。
そのやさしい言葉に気が抜けたのか、ぽろりと涙が頬を落ちる。
それでいよいよ困った顔になった彼が、なんだか恐々と、けれどそれでもやさしい手でその涙をぬぐってくれた。ぱふりと軽く叩くように頭をなでられた。
「クリフさん……っ」
「おいおい、頼むから泣かないでくれよ。何すりゃ泣き止んでくれるんだ……」
――泣きたくない、困らせるつもりなんてない。
――それなのに、一度こぼれた涙はなかなか止まってくれない。
ぽろぽろ流れるそれをゆっくりすくい取ってくれる手が。
やさしいから。
涙は、さらにさらにこぼれてくる。
クリフがさらに困った顔をするのに、止まってくれない涙がうらめしい。
ひっく、
のどが音を上げて、思わずその口をおさえた。困った顔が先ほどさし出してくれたタオルに埋めていた顔を、そこからやっと上げた顔を。またもう一度埋める。
泣き腫れた顔を、今ごろになって見られたくないと思う。
「……落ち着いたか?」
「は、い……っ、すみません」
ずっ、……すすった鼻に恥ずかしくなってきた。ひっく、また漏れた息に頬が熱くなってきた。
恥ずかしさに顔が上げられなくなったソフィアに。
ほれ、とそこで今度差し出されたのはお茶のカップで、
――どうやら慣れていない関係で淹れるのに手間取ったらしく、なんだかずいぶん冷めている。
けれど、
そのほのかなあたたかさがソフィアの胸にじんとしみ込むようで。
また浮かびかけた涙を、あわててタオルにしみ込ませた。
青い目が、きっとそんな彼女をやさしく笑っていればいいと思ったけれど。きっとまた困った顔をしているのだと思う。
「もう……だいじょ、ぶ、……です。すみません」
思ったから説得力のない震えた声で言った。
そろりと上げた目線に彼がやれやれと肩をすくめてくれた。
呆れているとかそういうのではなく、どうやら安堵している。ずいぶん迷惑をかけたんだなあ、と、そんなことを思う。
ひぃっく。
殊勝に思うのにまたしゃっくりが上がって、そんな自分がなんだか、
「……で、どうした?」
こっそり自己嫌悪に陥った彼女をきっと見破ったわけでもないだろうけれど、いや、ひょっとして見破られたのかもしれないけれど。
深みのある声はまるで気付いていないように、ただその理由を訊いてきた。
「と、こんなとこで立ち話もなんだよな。嬢ちゃん、まあこっちきてくつろいでくれや。別に取って食いやしねえからよ」
「……ダメです」
「んあ?」
「このドア、押さえてないと……不安です」
「???」
説明の足りない彼女に、クリフが首をかしげる。
別に背後から、背後のドアを誰かが無理に開けようとしているわけではないけれど。
……今ここから背をはなすのが不安でしょうがない。
たとえばもし、無理にこのドアを開けようとする人間がいたら、彼女のささやかな抵抗には何も意味がないと思ったけれど。
思ったけれど思うけれど、不安は不安でどうしようもない。
――クリフさんは部屋で休んでいたから、知らないと思いますけど、
――ゴッサムのおじいちゃんが、惚れ薬とかを作っていたんです、
――よせばいいのにフェイトがそこに変に手を出して、
――そうしたら、薬が爆発したみたいに工房内に広がったらしくて、
頭の中を、頭の中だけを。ぐるぐると説明が回るのに、言葉になってくれない。いくら何でもお見通しのパーティ最年長の彼でも、声に出さない頭の中の声を聞き取る能力まではさすがにないから。
出逢ってからはじめて泊まった未開惑星の宿屋、そんな状況ではソフィアの言いたいことを言う前に先に読んだりできないらしくて。
また、困った顔をしている。
申しわけないなあ、と思う。
「み、みんなが……、追ってきて、なんだか、すごく殺気立っていて、怖くて、」
「――嬢ちゃんを?」
――はい。
こっくりうなずいた彼女に不思議そうに頭をひねるクリフ。薬が部屋に充満した当時、材料の用意でたまたま外に出ていて難を逃れたソフィアが本当ですよとかっくりうなずく。
きっとものすごい確率の下、工房内にいた全員のハートを一時とはいえさらった彼女が。
言葉の足りない説明に首をひねるクリフを上目遣いにじっと見つめる。
深く考えてなんか、いなかった。
あのとき、工房にいたみんながいっせいに振り向いて、血走った目が怖くて。
だからわけも分からずに逃げ出して、あてもなく逃げ続けていた。
あては、本当になかったのに、
ただ、気が付いたらそこに向かっていた、気が付いたらその部屋に飛び込んでいた。
どうすればいいのか頭はまるで分からなかったけれど、身体はあの時きっとかけらも戸惑ったりしなかった。
それって、……それって。
つまり、無意識のさらに底では、
出逢って間もないのに、
――きっと何があってもソフィアを守ってくれる男の人が。考え込んでいた彼が。
その時ふと目を上げて、ばっちり視線が絡み合ってしまった。
なぜかぽっと頬を染めながら、ソフィアはあさっての方を見る。
――説明の補足は、しばらくしなくてもいいや、と。
そんなことを、思う。
