いや、断じてやましい気持ちはなかった。
なかったけれど、ふと。
本当にふと気付いてしまった、その瞬間に。
何か用があったのだか、むしろ何もなくて散歩よろしくだったか、町を歩いていた。……やはり何もなかったのだろう、時間に追われて焦ることなく確か一人で歩いていた。
普段は目の前のものしか見えていない、見えているけれど見ていないくせに。
なぜかその時、視界の端をかすめたものが、
「……?」
クリフはふと立ち止まった。何気なくくるりと背後を見て、顔を正面に戻してから逆方向でまた背後を確かめる。
――何があったかよく分からないものの、「何か」があった。
――それが何かも分からないくせに、けれど勘がやかましく騒ぎ立てる。
ざっと見て、正体が分からなくて。首をかしげて、けれどそのまま立ち去るにはどうしても気になるので。
そろそろ通行の邪魔になっている自覚をして、さてどちらに寄ろうかと先ほどとは違う意味でぐるりと周囲を見て。
そして何が気になったのかを見つけた。
見つけた瞬間財布の中身を気にしていた。
たとえば甘い菓子。
たとえばちまっこいぬいぐるみ。
たとえば泣けると評判のレンアイ小説。
たとえば元気が出る、曲。
もちろん自分のためではない、けれど最近そういったものを見つけるとついうっかり買っている。実用一点張りの養女の趣味とはどうやら違う、白やらピンクやらに代表されるそれらは、
もちろん人に贈るために買っていて。
最近はことあるごとにそんな無駄な買いものばかりしていて。
だから、その時もそんなつもりだった。
深く考えるつもりもなくて、ただ買っていた。
普通に店に入って、ディスプレイされているあれはどうだと店員をつかまえていた。驚いたような顔をする店員に、かまわねえから包んでくれと言っていた。
そう、やましい感情はどこにもなかったのだ。この時点では。
知らなかったし、気付きもしなかった。
――の、だけれど。
「――……あ」
その帰り道、気付いた。
気にしないようにするには少しばかり気になることに、気付いてしまった。
気付いてしまえばどうにも気になって、けれどなかったことにするには荷物が大がかりすぎる。店頭ディスプレイをわざわざ持ってきたわけで、返品することもできない。
「それ」、つまり包んでもらったばかりの服の袋をしげしげ見下ろした。
――どうしようか、どうしたら良いのか。
悩んでみる。
他のものならいざ知らず、男が女に贈るモノに服はどうだと思った。
別にしてはいけない礼儀も何もないはずだけれど、それでもこんなイイ歳したおじさんがうら若い乙女に贈るのはどうだろう、と思った。
別に、贈ったからそれを着てくれたからどうにかする、わけはない。
それは絶対にない。
下心はつまり、
それを渡した瞬間ほころぶ彼女の顔が見たかっただけで。
それが下心だといわれたなら、存外そうだなと思う。
思うけれど、それでも。
ほとんど無意識で、意識したとして中身はその程度。
……それでも。
悩んでいる間にも脚は動いて、気付いたときには彼女の部屋の前にいた。
自覚はなかったけれどどうやら悩みながら買い込んでいたらしい、たぶんケーキか何かが入っている小さな箱を手に下げていた。下手をしたら花やら酒やらも抱えていたのかもしれない。
いっそこの無意識は素晴らしいと思う。
……いや、それはつまりは逃げだ。
問題は、このドアを開けられるのか、ということで。
彼女に――ソフィアに。どう説明したらいいのかということで。
いや、断じてやましい気持ちはなかった。
なかったけれど、ふと。
本当にふと気付いてしまった、その瞬間に。
――ああこれはヤバい、と思ったのも事実で。
ふわふわしたドレス。
興味はないから詳しいことは分からないけれど、素人目の彼の見立てできっとソフィアに似合うと思った。目の端によぎっただけできっと同じことを思って、だから脚が止まったのだと思う。そしてたぶん、彼女以外の女性陣にはきっと似合わないだろう。
そんなふわふわでひらひらのドレス。
――ああ、けれど恋人やらその系統やらの相手でもない自分が。
――果たしてこんなモノを贈っても良いものなのだろうか。
ぐるぐる悩んで、けれどそもそも部屋に彼女がいるかどうかは――いや、気配はあるからやはり部屋にいるのだろう。
ここは、ひとつ。
――気合一発で、乗り切るべき……だろうか。
そして悩んでいたクリフの手が、動いた。
音にさえ悩みの色を乗せたノックに。
はーい、と部屋の奥からぱたぱたした気配が寄ってくる。
