たとえば、
その人がそばにいるだけで和らぐその雰囲気のような。

―― 例如 [あの人はまるで]

「ティア、あのさ。さっきためしにパウンドケーキ焼いてみたんだ、良かったらルークにも押し付けてきてくんない?」
「……自分で持って行かないの、アニス?」
「だってー、あたしはこれ自分の手でイオンさまに持ってきたいんだもんー」
「そう……分かったわ」

そう思って見てみたなら確かに顔色の良くないティアが、アニスの差し出した大皿を苦笑まじりに受け取った。表情が冴えないのは体調不良の他に、多分先日の会話を思い出したからで。ひょっとしたなら朴念仁のルークに対する怒りが再沸したのかもしれないけれど、まあアニスには関係ない。
失敗もしなければ成功もしていない過去のケーキに比べればだいぶ進歩したこれで、とっとと仲直りすればいいのに、とは思うものの。
「んじゃ、そーゆーわけであたしはいなくなるから。大佐とかナタリアとかガイとかは気にしなくていいよ、こっちでどうにかするし。
感想よろしくね、ティア。そいえばルーク、さっき剣持って外出てったよ」
「分かったけど……見てたならその時渡せばいいのに」
「てへ、アニスちゃんうっかりしてました☆」
……ここまでお膳立てしておきながら、あからさまなそれに気付かない彼女の鈍感ぶりもいっそすごいなあ、なんて。そんなことを思うものの。大体イオンさま今同行してないんだからこれあたしひとりで一体どう届ければいいんだろう、なんて。そんなことを思うものの。

◇◆◇◆◇◆

財産狙いで一度はあの公爵家嫡男をターゲットにしたこともあったけれど、そんな発作はすでにおさまっていた。そもそもあの朴念仁は、一度だってアニスのことを見ちゃいなかった。
アニスと会った当初から見ていたのは、ただこの鈍感な彼女で。
髪を切って変わるとかほざいてからも、やっぱり見ていたのは。そんな彼に特別な目で見られていることに気付いていない、相変わらず鈍感な彼女だけで。

たとえば歳が近かったなら、
たとえばこんな子供子供した外見でなかったら、
たとえば彼女よりも先に会っていたなら、
嫉妬とかそういう色っぽい理由ではない、ただ面白くないだけのそんな理由でもしもをいくつか考えてみる。考えてみたものの多分現状は変わらなかっただろうと、考える前から思い当たってみる。

◇◆◇◆◇◆

どうやらすぐさま届けようということらしい、宿屋の部屋を出たアニスの耳に、彼女の動く気配が聞こえた。言ったとおりにとっといなくなろうと思ったものの、うっかり様子見にそろりと戻ってこっそりのぞいてみたなら、ティアはどうやら剣の稽古あたりから戻ってきたルークとタイミングよくばったり出会ったらしい。
もう一度部屋に腰を落ち着けたあの二人が、なんだかいいムードで話をしていた。
怒ったり笑ったり、膨れたり苦笑したり。互いが互いにリラックスして、きっと確実に何も気負っていない自然な雰囲気。先ほどはあまり良くないように見えたティアの顔色も、こうして見たなら確実に良くなっている。

……なんだ、別にあたしが心配したげなくても良かったじゃん。

体調が良くないらしいティアに、そんな彼女を心配しすぎてなんだかしょげていたルーク。
無責任にからかうだけならいざ知らず、他人の好いた惚れたに口を出す趣味はなかったはずなのに、この二人は何かと人目をひく、気にかけてしまう。別にきっかけをわざわざ作ったつもりはなかったけれど、今回なんてきっと露骨に口実になるものを彼女に届けてしまった。
とはいえだからどうだとかまでは思わないものの。
……ああ、この二人が絡むとどうにも「今まで」が通用しない。

◇◆◇◆◇◆

たとえば互いがそばにいるだけで和らぐその雰囲気のような。
ただそれだけで二人が好き合っているのは、関わるようになってすぐに分かった。そのくせ双方自覚がないことも同時に身にしみてよく分かった。あれほどあからさまなのに、自分のこと互いのこととなると二人とも笑えるくらい鈍くて、おかげで周囲だけがやきもきしている。
まあなまあたたかく見守ってやろうということでパーティ内意見は一致しているけれど。

「公爵家とかレプリカとかユリアとか預言とか譜歌とか超振動とか……まあ問題は山積みなのかもだけど。まずは気付けってやつだよねー。
ん、おいしー。今度ちゃんとイオンさまに焼こうっと」
午後のお茶をひとりゆったり楽しみながら、アニスは誰にともなくつぶやいた。
事態は深刻でどうやらルークだけでなくティアまでちゃっかりそれに巻き込まれていて、あのヒゲはヒゲだけに予断を許さず暗躍しているみたいだけれど。それはそれ、これはこれ。人ひとり……いや、ふたり。幸せになる、たかがそれだけだ。
「しっかしホントにフシギだねー、アニスちゃん人の幸せこんなに応援する人間だっけ?」
小首をかしげて、馬鹿らしさにすぐさま肩をすくめて。

たとえばあのふたりなら、くっついたなら素直に祝福できるのではないか。
きっとそんな雰囲気を持っているのではないか。
思って、アニスの口元がそれだけでにまりとゆがんだ。

午後の陽だまりの中、当人たちはきっとムキになって否定する、外面だけなら十分恋人同士の二人は。
今ごろ何をやらかしているだろう。

―― End ――
2006/08/23UP
あの人はまるで / 安心をくれる人へおくる5題_toaルーク×ティア_
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例如 [あの人はまるで]
[最終修正 - 2024/06/14-16:36]