不器用に互いを想いやる二人の姿は。
ほほえましいのだと、そんな言葉を当てはめるものなのだろうと思う。
「ルー……アッシュ!」
「――何回間違えれば気がすむんだおまえは」
鏡窟の薄暗いような薄明るいような中、そんな声を聞いた。
いい加減聞きなれたやりとり、いい加減聞きなれた声の色。弾むようなナタリアの声に、他の人間に対するときとは明らかに違うおだやかなアッシュの声。
きっと何事もなかったなら、ユリアのあの預言がなかったなら。この二人は絵に描いたようなロイヤルカップルと、あるいは仲睦まじい次期国王夫妻として今ごろ話題になっていたのかもしれない。たとえば今ごろマルクトにもそんな噂話が届いていたのかもしれない。
そんな風なことをふと思って、彼らの運命をねじ曲げた張本人のうちの一人、ジェイドはひそやかに口の端を持ち上げた。
誰もが過去を消すことはできない。
ジェイド・バルフォアはフォミクリー技術を生み出した。
ヴァン・グランツはおそらくユリアの預言が元で、思惑はまだ分からないものの何かを企んだ。
ルーク・フォン・ファブレはその企みに巻き込まれて、レプリカに名を居場所をすべてを奪われ、結果今では神託の盾騎士団六神将鮮血のアッシュを名乗っていて、
ナタリア・ルツ・キムラスカ・ランバルディアは何も知らず、先日すべてを知って、想い人を間違えていたことに気が付いた。
誰もが過去を消すことはできない。
賽は投げられた、覆水は盆に返らない。どれほど過去をいとっても嫌っても、後悔しても。
しでかした罪はなくならない。
「アニスが食事を作ってくれましたの。召し上がるでしょう?」
「……そうだな」
いかにも不器用な手で、皿を二つ持って歩いていたナタリアをそういえば先ほど見送った。手伝いを申し出るジェイドではないけれど、気が向いてそんなことを言っていたところで、きっと彼女は首を横に振っていたに違いない。
王女としてではなく恋する一人の乙女として、きっと苦笑で断ったに違いない。
離れていた年月などまるで関係ない、焔のような性格をしているくせに包み込むような笑みを彼女に向けて、大切に大切に護りたいと声ではなく身体で伝えているアッシュ。
離れていた七年を埋めるためではなく、そんな後ろ向きな理由ではなくて。今目の前に愛するひとがいる、それが嬉しくて仕方がなくて浮かんだ、こぼれるように華やかな笑みのナタリア。
角を曲がったならきっと仲睦まじい二人の姿を見るに違いない、分かっていたからジェイドはそうしなかった。隠れるつもりはなかったけれど立ち去りもしないで、不自然ではない程度に気配をゆっくり消していく。
違ってしまったねじ曲げられてしまった、運命と呼ばれる何かに屈しない、二人はどこまでも王だった。民を治め民を率い、民のために戦う苛烈な王だった。
そして二人は、同時にただの歳若い男女だった。
過去も未来も思いやる余裕のない、その分ひたむきに互いを見つめる幼い恋。何かをしてほしいわけではなくて、相手に何かすることができる、それが喜びになる純粋な想い。
人のこころの動きに関心のないジェイドさえ、たとえばこうして気を使ってやりたくなるような。
それは、それはどこまでも、
――今まで何があったのか、ナタリアは訊ねない。
――これからどうするつもりなのか、アッシュは語らない。
――愛していると、言葉以外ではこんなにも雄弁に伝えているのに、二人、それを口に出すことはなくて。
――きっとこれからも、少なくとも今の立場が続くのなら互いが互いに想いを告げることはないのだろう。
もどかしいような苦しいような、見ずにすむなら見ないでいたいような、けれど一度でも見てしまったなら最後まで見守りたいような。
自分の心のくせに、自分が一番望んでいることが分からない。
だからジェイドは口の端をゆがめた。
不器用に互いを想いやる二人の姿は。
ほほえましいのだと、そんな言葉を当てはめるものなのだろうと思う。
そういうものなのだから、それ以上は考えるなと。思って、まるで逃げるように立ち上がった。
背後からのもどかしい会話は、想い想われるふたりは、きっと彼に気付かない。
それはきっと、ジェイドにとって救いだっただろうと思う。
