まるでこわれものを扱うように。
どこまでもやさしい彼の心は、ああ、そうだあのひとにきっと似ている。

―― 和美 [そばにいたかった]

――ルークもアッシュも、どちらも選ぶなんてできませんわ。
そう言ったナタリアの顔を、あの泣きそうな怒った顔を間近で見ていた。特別に想っているのはアッシュだろうに、それでもルークと対等に扱って、どちらも選ぶことができないと、彼女がそう言ったのを確かにこの耳で聞いた。
――なぜ彼らなのです、一体、なぜ。
怒っている顔は、まるで透き通っているようで美しかった。震える声は、怒りにだろうかそれとも哀しさや悔しさにだったのだろうか。
――わたくしは、預言を憎みます。ここで彼らが死ななければならないというのなら、わたくしはこの先一生預言を憎み続けます。
――どちらが助かっても、どちらかが死んでしまっては意味がありませんわ。
――なぜ、彼らなのです。
――なぜ、わたくしの大切なひとが犠牲にならなければならないのです。
つぶやくような悲痛な心を、確かに聞いた。自分が想うよりもあるいは純粋な怒りを。

◇◆◇◆◇◆

「レムの塔でさ、ナタリア怒ってたよね。なぜ、って」
「……そうですわね。奇跡でも偶然でも、大勢のレプリカたちを犠牲にしても。こうして二人とも生きていてくれてますから、今ではこうしてのんびり思い返せますけれど。
あの時は、血が凍るかと思いましたわ」
「あいつさ、それでも守りたいものがあったんだなって思うよ?」
「え?」
グランコクマ、捨て台詞を残して去っていった彼の背に、ぽつぽつと交わした。
きっと、先ほどのルークの言葉で止まっていた彼の時間がふるえたのだ。動き出したのかは分からないけれど、止まっていた彼の時間に彼自身が気付いた。
だからあれほど愕然と、そして悔しい顔をしたのだろう。

「自分の生命とひきかえにしてもさ、それでもかまわないってものがあったんだと思うよ。そう思うように、なったんだ。最近」
「……わたくしは、アッシュの生命もルークの生命もいりません。引きかえで得たものを、嬉しいと思えません。
それがたとえわたくし自身の生命でも。絶対に嬉しくなんて、ありませんわ」
「……分かってるんだ」
「何がです?」
真顔でボケるとか真っ赤になって否定するとか、そんな反応を想像していたのに。あっさり肯定した彼女にびっくりして思ったよりも高い位置に顔を向ければ、今度こそ真顔で小首をかしげているナタリア。
なんだか馬鹿らしくなって視線をはずしたなら、それが分かっているわけでもないだろうにふうっとため息が降って、
「本当はそばにいたいのです。
ルークに仲間たちがいるのなら、アッシュのそばにわたくしがいてもどうにかなる、そう思って今だって本当は追いかけたいのですけど。漆黒の翼などという盗賊上がりではなくて、わたくしがそばにいられたら、そんな風に思うのですけれど。
そばにいて、無茶なことばかりする彼を引き止めたいと思うのですけれど」
「でもしないじゃん、ナタリア」
「そうですわね」
呆れたようなため息は、きっと自分に向けたのだとふと思った。

◇◆◇◆◇◆

アッシュは、一体何を考えているのだろう。
――世界で一番、きっと比べるものがないほど特別にナタリアを想っている。
――そんな彼女には、だから常に安全な場所にいてもらいたい。
――危険な目に遭ってほしくはない、醜いものを見てもらいたくはない。
そう思う気持ちは分かる。理解できるし、きっとそうなのだろうと感じられる。

旅の毎日は魔物と戦う毎日で、しかもこの旅は魔物なんて鼻で笑うような強敵と戦ってばかりだ。
のちに崩落する地に行った、実際魔界に落ちた。無事生還したものの今度は軟禁されて、そこから逃げ出したと思えば今度は戦争に巻き込まれた。仕方がなく戦場を突っ切ったこともあるし、そうかと思えば王女の地位を追われたし、毒をあおれと強要されかけた。なんとか逃げ出すためにとてつもなく強大な魔物の棲む地を通らなくてはならなかったし、なんだかんだで地殻まで行く羽目になった。そういえば障気にだって何度もまかれている。そしてそんなものまだまだ序の口で、まだまだいろいろ山ほどいろいろあって。
伝記でも書いたなら、きっと王女として生きていかなくても、本の印税だけで彼女は一生遊んで暮らせるに違いない。

世界中を巡って、そのどこにも危険はあった。生命の危機はいつだって隣りあわせだった。
けれど。
彼女の安全を思うなら、自分の手で護ればいいのに。世界中きっとどこにも、誰にも安全なだけの場所なんてないのだから、だったらせめて自分の手で護ればいいのに。
それだけの力を、アッシュは持っているはずなのに。なぜわざわざ彼女から距離をとろうとするのだろう。

ここのところの無謀な、それこそ自分の生命を軽視するような行動に、それはもしかしたら関係しているのだろうか。

◇◆◇◆◇◆

「……アッシュ……何思いつめてんだろうね?」
「そうですわね、……」
彼は知っているのだろうか、彼のせいでナタリアの顔がこれほど曇っていることを。特別扱いに厳重にとじこめられ大切に護られるよりも、たとえ危険でも何より彼の隣にいたいと願うナタリアを。
それとも知っていて、それができないのだろうか。するわけにはいかない何かがあるのだろうか。

まるでこわれものを扱うように。
どこまでもやさしい彼の心は、ああ、そうだあのひとにきっと似ている。
どこまでも独善的で、その自覚のあるやさしさは、

――きっと誰の胸にも切ない。

―― End ――
2006/08/28UP
そばにいたかった / 忘れられない人へおくる5題_toaアッシュ×ナタリア_
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和美 [そばにいたかった]
[最終修正 - 2024/06/14-16:39]