頼りなくのばされた手、今までになく細く震える声。
彼女がこんなにもろく儚いことを、その時はじめて思い知った。

―― 愛恋 [だいすきでした]

ユリアの墓所を見つけた。魔物はここに出ないと分かって、みんな疲れていたし、この先に待ち受けているのはあのヴァンだと分かっていたから。だからここで少し休憩しようと、誰からともなくそう決めた。

花のあふれる地、静謐で美しい墓所。
今までの激しい戦いと、まるで世界が違うような。

◇◆◇◆◇◆

「ルーク、眠れなくても今は休みなさい」
「……分かってる」
花に囲まれた白い墓石を見つめていた、どこかためらいがちな声に目を向けないまま、ルークはささやくように答えた。答えたものの動かない彼に焦れたのか、ゆるく衣擦れの音がして足音が近付いて。
石の床に音はよく響いて、やがて彼のすぐかたわらで止まる。
きっと、距離にして二歩か三歩分。
「ルーク、」
「ナタリア……」
彼女が上げかけた声をさえぎって、そして身体ごとそちらに向き直った。そこにはいつもの笑みを、強く凛とした笑みを浮かべたナタリアがいつものように背筋をまっすぐにして立っていて、
まるでいつもどおりのその姿が、ルークにはなんだか無性に哀しくて。

手を、さし出した。
嫌々やったダンスの相手、それに誘うときのようにゆるく手をさし出した。彼の予想どおりナタリアはきょとんと瞬いて、次いでこくんと小首を傾げて、
「ルーク……?」
本当は、深く何かを考えていたわけではない。ただ、
「――平気なふりは、いいよ。今は誰もいない、誰も見ていない、だから平気なふりなんてするなよ」
ただ言葉があふれていた。

被験者を喪った、半身を喪った。それによって得た力よりも、今は喪失が胸に痛い。
そして半身を喪ったのはきっと彼女も同じで。
心の痛みは、きっと同じくらい――ひょっとしたらそれ以上に深いはずで。

「嫌っても憎んでも存在を受け入れたくなくても、あいつはおれだったんだ。あいつがいなかったら、今おれはここにいない。だから、かな――今はただ淋しい、哀しい。
あいつ、約束、破りやがって……」
「やく、そく……」
そして細い声がひび割れる。浮かんでいた笑顔が一気に嘘っぽくなって、さし出した手の先、ナタリアの顔があのときの悲痛なものにゆっくりゆがんでいく。
彼女がゆるく首を振ったのに、ルークも同じようにゆっくり首を振り返したなら。
見開かれた翠の目に、涙の珠が結ばれていく。

◇◆◇◆◇◆

「ルーク、あなたは……ひどい、ですわ、ね……」
彼の手に応えるように頼りなくのばされた手、今までになく細く震える声。
「ひどいか? そう、かな……そうなのかな」
彼女がこんなにもろく儚いことを、その時はじめて思い知った。
「ええ、ひどいですわ……我慢、していたの、に、」
瞬きで涙がこぼれ落ちて、光源のよく分からない中それがきらきら輝いて、
「我慢できて、いたのに。
たったひとりよりも、皆のことを考えなくてはいけないのに、……わたくしは、王女、で、だから……だからたったひとりよりも。皆のことを、世界のことを、……考えなくてはいけなくて……」
強くて儚い彼女は泣く姿さえ美しい、なんて、そんな作りものみたいな言葉が頭をよぎって、
「――今は、誰もいない。ここにはおれしかいない。今だけは、だから、――だからあいつのことを考えてやれよ。
あいつだけを想ってやってほしいんだ。今だけは、ナタリアには」
何も考えていなかったはずの脳みそは、口はそんな言葉をつむいでいて。

「……っ!」
嗚咽は声になっていなかった。けれど声にならない声で、ナタリアはアッシュを呼んでいた。すがり付いてきた身体は勝手に思っていたよりもずっと細くてもろくて、力の加減が分からなかった。
胸にこみ上げてきた衝動に、ルークも目を閉じる。
背に回った手が痛いくらいにすがり付いてきて、胸に受け止めた身体はやわらかくてあたたかくて、声にならない声はアッシュを呼ぶ声は、彼の目頭にもあついものを生む。

◇◆◇◆◇◆

――好きだった、愛していたとくり返す声。
――ただただアッシュ、と、くり返し呼ぶ声。
――細かく震える身体、身を引き裂かれるような悲痛なささやき。
――全身でアッシュの死を悼んでいる、今だけは王女ではない、ただのひとりの女性。

――きっとあいつも、ナタリアが大好きだったんだ。
――全身全霊込めて、愛してたんだ。
――他の何とひきかえにしても惜しくないくらい、自分の生命さえ捨てられるくらい、
――ただただまっすぐに、ナタリアだけを見てた。

誰より特別な彼女に泣いてもらえて、あいつは嬉しいだろうか、なんてぼんやり考える。うっかりつられて涙まで出てきて、ぼんやりにじんだ視界にただ思う。
それともナタリアを泣かすなとか何とか、文句をつけてくるだろうか。自分が泣かせたくせにルークのせいにして怒るのだろうか。ひょっとしたら剣まで抜いて、ものすごい剣幕で。
そんな風に思って、それはないかなと笑って、それもありえそうだと哀しく笑って、
笑うことのできる自分がなんだか信じられなくて。

◇◆◇◆◇◆

普段は絶対に見せない彼女の涙に、アッシュはそれでも喜ぶだろう。彼女の特別だった自分を知って、きっと必ず喜ぶだろう。
そしてきっと、喜んだあとで喜んだ自分を嫌悪する。
彼女を泣かせた自分を、きっと殺したいくらいに後悔する。

――ざま見ろアッシュ、だから言っただろ。
――ちゃんと生き残らないとナタリアもおれも哀しむって。

そしてルークの胸の奥、ぽっかりと開いた深い深い穴を。
ナタリアの涙がきっと埋めていく。埋めて、くれる。

―― End ――
2006/08/30UP
だいすきでした / 忘れられない人へおくる5題_toaアッシュ×ナタリア_
OFP
中国語・無断転載禁止 ハングル・無断転載禁止
愛恋 [だいすきでした]
[最終修正 - 2024/06/14-16:39]