幼さからか、狭い心は。
けれどその分純粋だと、そう思ったから。
「おまえは何のために戦っているのだ?」
かつて訊ねたことがある。六神将が六陣将として、まだ形だけでもまとまっているころ。あるいは六陣将というまとまりができてほどないころに。
別に親睦を深めたいとか、そういうつもりではなくて。単に疑問だったのだ。
魔物に育てられたためなのか、欲らしい欲を持たない少女が。なぜ六神将などというものになったのか。
「……イオンさまの、ため。アリエッタは導師守護役じゃなくなって、イオンさまのそばにいれなくなったけど。イオンさまの役に立ちたいから」
泣きそうな目をした少女はか細い声でそう答えると、ライガに連れられその場を去った。
すべてを知っていて、それを少女に告げてはいけないと知っていて、だからリグレットはやるせなさに息を吐いた。だましているわけではない、けれどだましているのも同じようなもので、そんな自分がただただやるせなかった。
「……守るべきものが、実はそっくり別人と入れかわっていることをもしも知ったなら、おまえはその時どうするのだろうな」
「リグレット? 何??」
「――いや、何でもない。
やつらはそろそろここにさしかかるはずだ。用意はいいな、ラルゴ、アリエッタ」
「応」
「分かってる」
年中叩きつけるような雪と氷の欠片の止まない、白い白いロニール雪山。
寒さにいっそ凍りかけた腕を回しながら訊ねたなら、熊にも似た大男と、そして鮮やかな色の髪の少女がすぐさまうなずいた。その反応の速さに満足してうなずいて、リグレットは自身の銃の最終調整をして、トリガーを引く指の調子も見て。
そして改めてやつらが来る方向に目を向ける。
風の中に何度か聞こえた声の主が複数、白の中に白以外の色を認めて銃を握る手に力をこめた。
現在の導師の穏やかな笑みを、あるいは生前ほんの数度会ったきりの被験者の導師の虚無をかためたような目を思い起こす。
たった一人のために戦うと答えた少女。今訊ねたとしても、きっとまったく同じに答えるだろう少女。彼女が慕う導師を護ることができるのなら、それで死んでもかまわないのだろう。ひたむきなまなざしは、そんな風に思わせる。
幼さからか、狭い心は。
けれどその分純粋だと、そう思ったから。
それは、――間違いだったのか。
知っていた、雪山で戦う危険を。起こりうる危険としてそれは確かに想定していた。
けれど予測していたタイミングより幾分早く発生した雪崩が、
白が襲ってくる。
「……っ!!」
少女の悲鳴が聞こえて、己の死を覚悟した。おそらく敵も数人かは巻き込んだとは思ったけれど、目で確認できるような余裕はない。
全身を包み暴れる白の中にただもがくうち、やがてぐいと襟首を引っ張られるような感じがして、
「……生きて、いる、のか」
「みんなが……助けてくれた」
身体中に痛みが走っている、それは生きていることを何よりも強くこの身に教えている。どこがとは分からないけれど、あるいは肋骨あたりを折ったのか、息さえ苦しい中いつものか細い声に顔を上げたなら、ばさばさに乱れた髪を毛づくろいでもされるように、ライガのなすがままになっている少女がそのライガに何かをつぶやいていた。
――シンクが、言ってた。
――雪山で雪崩になったら、全力で逃げた方がいいって。
――アリエッタにも、この仔たちにも。何回も。
――なんで分かったんだろう、いつかアリエッタがここで戦うって。
死んだと思った。
――自分も、大男も少女も。敵方の数人か、もしくはあの場にいた全員。
何より少女は真っ先に死ぬと思っていて、死んでもかまわないと全身が言っているような少女は、けれど今生きてここにいる。頭の回る参謀が事前に何かを言っていたらしいからとはいえ、それでも。
「――よくやった、アリエッタ……やつらは」
「分からない……でも、何人かは無事だと、思う」
「今から追うにも、……無理だろうな。雪崩の影響で、何本か骨を折った」
「おまえもか、ラルゴ。……アリエッタ?」
「ダメ……この仔たち、きっと、アリエッタが動くの、許してくれない……」
痛む身体を引きずるように何とか立ち上がって、けれど腕が上がらない。骨でも折ったか筋でも違えたか。……これでは、動けない。
それでも生きている。――ならば、できることはまだあるはずだ。
「一度体勢を立て直す。アリエッタ、魔物たちに帰還するよう言ってくれ。神託の兵数人に救援物資を持ってこさせる」
「我らを連れ帰ってもらった方が早くないか?」
「そうしたいのは山々だが、あの戦闘と雪崩だ、魔物といえど無傷ではいられまい。途中で力尽きる可能性を考えれば、確実な方を取る」
「……はい」
たった一人のために生きているという少女は、うなずくと魔物に何かをつぶやいた。応えるように吠え声が上がって、すぐさま一頭を残して全員がいなくなる。
「二人とも、この仔に抱きついて。――あったかい、から」
真っ先に死ぬだろう少女、けれど生き残った少女。たった一人のために生きているといいながら、もうひとりの言葉に助けられた少女。
だましてはいない、けれど言いようもない感覚がリグレットの胸をまたひとつずきりと苛む。
――すべてを知ったなら、その時どうするのか。
昏い未来の可能性は、まだ、胸の中にとどめたまま。
