信じるもののために生き、信じるもののために死ぬ。
中途半端なもの一切を許さないその背はあまりにか細い。
「……死んだのかい?」
「ああ、全力で挑んでいって――いい闘いだった、と言えたら良かったのだが」
「悪かったとでも?」
「人の死に良いも悪いもあるまい」
哀しくなるくらいに軽い、もう二度と動くことのない少女。緑あふれるあの森で慕っていたひとと母の仇に決闘を申し込んで、敗れ去った少女。
エルドラントまでその亡骸を連れ帰ったラルゴに真っ先に気付いたのはシンクだった。
仮面の少年は――今はそれを捨て去った、導師と同じ顔の少年は少女の顔をまじまじ覗き込んで、
「敵討ちだって掴みかかっていって返り討ちかぁ。ナンセンスだね」
そしていつもの冷笑を口の端に浮かべる。
いつものことだ。何があったのか知ろうという興味は起きないけれど、ささくれた少年の心は知っていた。導師のレプリカとして生まれて、そしてすぐさま捨てられた少年が、揶揄の言葉を吐くのはいつものことだった。
むしろ、彼の性格を考えればここで死者を悼む言葉が出てくるほうがおかしい。
分かっていて、けれど死者を冒涜する言葉にラルゴもさすがに激昂しかけて――それでもそのまま何も言わずに口をつぐむ。
いつもなら目ざとい少年は、そんな彼に気付いて何かを言ってきただろう。それこそ揶揄の台詞を吐いて、さらにかっとしたラルゴをあざ笑って、そしてあっさり背を向けこの場を立ち去っただろう。
いつもなら。
けれどその視線は少女に注がれたまま動かない、少年はそれきり何の言葉も吐かない。
ただただ少女の亡骸を見下ろすばかりで。
年齢が――外見の近かったためか、二人が一緒にいるところをよく見た。基本的には大人ばかりの集団で居心地が悪いのもあったのかもしれない、ひょっとしたなら殺伐な世界にひとりでいたくなかったのかもしれない。
魔物に育てられたあの少女だけではなく、虚無をまとった少年まで。
寄り添うように二人、一緒にいるところをよく見た。
「……全力を尽くしたのだろう。立ち会った俺が保障する」
「負けて死んだのは事実じゃないか。闘いの中身なんて関係ないね、結局負けた、ただそれだけだろう?」
冷たい事実はきっとラルゴよりもそれを口にする少年自身を傷つけるだろうに、彼の言葉にはよどみも揺らぎもなかった。虚無をかためたような昏い目の色まで、まったくいつもと同じ色だった。
見た目には完璧なまでにいつもどおりに見せかけて、――けれど全身で少女の死を哀しんでいる。
涙はない、表情もまるで変わらない。
けれどラルゴの目に、彼は全身で泣いているようで。
――信じたもののために戦って、
――ただ力及ばず倒れただけだ。
――負けて悔しかっただろう、仇を討つことができずに悔しかっただろう。
――けれどアリエッタは、最期まで決して後悔はしなかったはずだ。
思った言葉は口に出すことができない。声にしてしまったならきっとそれにさえシンクは揶揄を返して、その言葉はさらに彼の心を刻むだろう。
――勝っても負けても、彼女の想いびとはもうこの世にいないのだ。
――レプリカにすりかわった導師を、最期までそうと知らずに慕い続けて、
――けれど結局は、その死を目の当たりにした。
――勝って生き残ったところで、その先どう生きる?
――仇に討たれて死んだ、ある意味でそれは幸せではないか。
いくら思っても、残酷なその言葉は口にするわけにはいかない。それこそ死者を冒涜する言葉を、かつての仲間を否定する言葉を、言ってしまうような性格をラルゴはしていない。
きっと頭の良い少年がとうに思い当たっていることを、わざわざ言葉にして確定することもない。
首を振りかけて少女を抱えたままの彼は、結局それをやめて静かにあたりを見回した。
陽光降りそそぐ明るい大地、約束の地エルドラント。少女が六神将としてヴァンに従っていたままなら、この明るい大地に迎え入れることができた。亡骸としてここに踏み入れる前に、この美しい大地を見せてやることができた。
――それはそうだろう、けれどそれを少女は果たして望んだだろうか。
――望まないものを押し付けられて、それで彼女は果たして幸せだっただろうか。
「最期まで……泣いていたのか。バカだな」
ぽつり、聞こえたつぶやき。はっとして見下ろしたなら、最期の息で導師を呼んだ少女の、ほほに残った涙を彼の手がそっとぬぐい取っている。
「バカだ。もう、冷たいじゃないか……」
器用でもどこか突き放した態度を取り続けた少年とはまるで違う、こわれものに触れるような繊細な手つきでほほをなでて。ついでのように指を遊ばせて、薄く開いたままの唇に触れてから――何ごともなかったように、そっとはなれて。
「どこに埋める? ここの片隅か、……それともいっそ燃やすかい??」
「いや、フェレスの廃墟を考えている。故郷に眠ったほうがアリエッタも落ち着くだろう」
「……そうだね」
想いを貫いた少女を抱え直していると、彼はまるで先導するように背を向けて歩き出した。手伝おうというのか、それは本当に少年らしくない。
思って、けれども思い直す。
力仕事はラルゴの得意分野でも、死者のために何かをするのは生者の心を慰めるためだろう。ひょっとしたら仲間以上に思い入れでもあったのかもしれない。寄り添い生きてきた片割れ、あるいはそれ以上の想いが。ひょっとしたらあったのかもしれない。
思って、遠くなるシンクのあとを大またにゆっくり追う。
信じるもののために生き、信じるもののために死ぬ。
中途半端なもの一切を許さないその背はあまりにか細い。
