弱い自分なんて認めたくない。
彼が許してくれても、彼女自身がそんな自分を許せない。
魔物の爪がぎらりと光って、譜歌はとうてい間に合わなかった。手にした小さなナイフでは勢いのある攻撃を到底殺すことができなくて、そもそも避けるだけの余裕がなくて。
一撃喰らう覚悟で、せめてダメージを和らげようと腕を交差させたなら。
魔物は、けれど彼女に攻撃が届く前にあっさりと斬り伏せられていて。
「ティア、無事か!?」
「え、ええ……あり、」
「そんなん良いから、次、くるぞ!!」
今は短い焔の色の髪がふわりと揺れる。しゃんとのびた背中に、自然彼女はかばわれる。
揺らぎなくかまえられた彼の剣から、魔物の血がしたたり落ちた。
ルークは確実に強くなった、ティアは思う。
あの日、あの花畑の中、変わろうと決心した彼を知っている。
そして実際彼は変わった。まだまだ迷うけれど思い詰めると突っ走るけれど、それでも出逢ったころの彼とはまるで別人に成長した。
そしてティアも変わった。……ルークとはまるで逆の方向に。揺らがないでいられた自分はすっかり過去のこと、最近では迷いっぱなし、揺らぎっぱなしでそんな自分が情けない。
彼との差が、だから最近どうにも悔しい。
「……これも、障気触害の影響かしら」
ここ数日、思考が後ろ向きな自分にティアは眉を寄せた。鏡の中の彼女もまったく同じに顔をしかめて、……ああ、なんてひどい顔色をしているのか。
パッセージリングの操作のたびに大量の障気が身体に流れ込んで、薬で抑えられる症状もきっと限界なのだと思う。今のペースなら今の症状なら体力なら、きっとぎりぎり最後のリングを起動させることもできると思うけれど、それが終わったあとは果たしてどれだけ生きていられるか分からない。
極度の体調不良で、自分の末期が見え隠れしていて。
逆に、見ていると約束した彼は特にここ最近目覚ましいほどに成長していて。
「だめね……」
彼女は息を吐く。強くありたいのに、たかが体調不良でこんなにも心揺らいでいる。
「こんなところでめげている暇はないのに」
……分かっているの?
鏡の中の彼女が、そうして怒った顔をしてみせた。
「ティア、……少し休むか?」
「平気よ。のんびりしている暇なんてないわ」
「そうかもしれねーけど……」
「ティアさんの顔色、なんだか良くないですの」
アブソーブゲート、先ほど地震がおきて通路が崩れて仲間たちとはぐれた。とにかく先を目指そうとした矢先、ルークに顔をのぞき込まれてティアの心臓がぎくりとはねる。
障気触害の発作と違う、痛いほど高鳴る心臓はけれどなぜか不快なものではない。それでも、この距離に彼の顔があるのはなんだかとても落ち着いていられない、気恥ずかしい。
「大丈夫って言ってるでしょう! とにかく急がないと、兄さんが……」
進行方向に立った彼の身体を押しのけようとして、けれどそれはびくともしなかった。よほど身体が弱っているんだわ、そんなことを思いながら唇をかめば、困った顔のルークがひょいと一歩脇に寄る。
「急ぐの分かってっけど、なんかさ、ティア焦りすぎだろ? おれには焦るなあわてるなって何度も言うくせに」
「それは、あなたが……!」
詰め寄ろうとして、けれどその瞬間再び小さく床が揺れた。普段ならどうということもない、事実ルークにはなんでもないその揺れで、けれど体力の限界とタイミングの悪さがティアの姿勢をがくんと崩す。
その場にへたり込みそうになった彼女を、けれどルークの腕が支えて。
「……ごめんなさい」
ティアはうなだれた。ぐっとルークが息を呑む。足元にまとわり付くチーグルの仔は、なんだかもうどうでも良いような。
「焦るなよ、みんな無事でおれたちを待ってる。できることからひとつずつ片付けねえと、できることもできねえだろ……?」
「分かっているわ。……本当にダメね、今までと逆だわ。体調不良っていいわけができたとたんにこんな……」
「ダメじゃねえよ!」
――ああ、こんないいわけも。
ますます自己嫌悪に陥りそうになって、けれどいきなりの彼の大声にティアはきょとんと瞬いた。
「……ルーク?」
あ、とこおりついた彼はそしてふいと顔を背けて、
「ダメとかじゃ、ねーよ……ティアってすごいなって、思うんだ。おれには想像しかできねーけど、苦しいんだろ? なのにさ、ここまで文句も言わずに来てくれて、さ。
ダメとかじゃねえよ。……何もできなくて、ごめん」
「ルークが謝ることじゃないわ」
なんだかうなだれている彼に、それしかできないから微笑みかける。けれど間近い距離の彼は視線を合わせようとしない……そう、間近い……?
「……ええと、ルーク」
「え、……っ、うわああっ!? ご、ごめんティアえとえと……きっ、気分は!?」
「平気、よ。うん、平気……さ、先を急ぎましょう!?」
弱い自分なんて認めたくない。
彼が許してくれても、彼女自身がそんな彼女を許せない。
けれど、
互いに飛び退くように離れて、その際うっかりチーグルの仔をルークが蹴飛ばしたりして、ひと悶着があって。障気触害のせいではなくてばくばくいう心臓を押さえて、ティアは。
口元だけでも小さく笑ってみた。
迷いも揺らぎも消えないけれど、答えはここにある。知らずに彼がその答えを持っている。――そんな風に思えば、そう、いつか一気に気が軽くなっていた。
