それなのに微笑んだ彼女の目は不思議なほどに穏やかで、
そういえばそんな自分の心も、驚くほど凪いでいることに気がついて、

―― 穏妥 [でもまた月香る時、彼女は帰ってくる。]

出たくもない式典から彼女が息せき切って駆けつけたとき、二年前の旅の仲間たちはすでに勢ぞろいしていた。別に何の示し合わせをしたわけでもないのに、あの馬鹿げた式典ではどこにも見なかった顔が、この渓谷に当たり前のように集まっていた。
――いや、契約の一年が過ぎて森に帰ったというチーグルの仔の姿は、これだけ距離があればさすがに見えないけれど。
ともあれ遅れてきた彼女に誰もが微笑みかけて、けれどどこにも言葉はなかった。彼女も、何かしらの言葉を探そうとは思わなかった。
そしてぐるりと一巡りした視線が白い花畑の中にひっそりたたずむティアを認めて、瞬間、ナタリアの頭の中に何かが閃いた。

◇◆◇◆◇◆

「……なんだか不思議な感じがしますわ」
「そうね、……どこか違和感があるのよ」
久しぶりに聞いたはずの彼女の声は、旅の間に聞きなれた声と同じでいてまるで違う。ただ、どこまでも詠うためのきれいな声はあのころとまったく同じで、懐かしいというわけでもないけれどナタリアが微笑んだなら、豊かな深い海の色も笑みの形に細くなる。
――少しだけ大人びて、けれど変わらないティアに自分はどう映っているのだろうか。
そんなことを思いながら花畑をゆったりと歩いていけば。同じ花畑に微笑むティアに、彼女がこうして出迎えたいだろうひとを想って、つきんと心が悲鳴を上げた。

セレニアの花畑。まだ陽の高い今は白い花の咲き誇るただの渓谷だけれど、陽が落ちて月が出ると、まるで花自体が光っているように見えるとか。
……そう教えてくれたひとが、ここには足りない。
――その中に立つティアは、なんかこう、泣きたくなるくらいきれいなんだぜ!
……なぜだか自分のことのように誇らしそうに笑った子供っぽいあの顔が、ここには足りない。
あるいは、そんな彼と同じで違う彼の姿も。
――ああ、なぜここには足りないのだろう。

◇◆◇◆◇◆

「……変わらないわね」
それは、きっとこの渓谷の風景。あるいは二年前の旅以降、そういえばはじめて顔を合わせた全員――ほぼ全員のこと。
「変わってしまいましたわ」
それは、この世界のあり方。あるいはあれ以降ふつりと消息を絶ってしまった彼の――彼らの不在。
知らないふりをしていて、けれど見つけてしまって。ナタリアの心が小さな音を立てる。音を立てて縮こまって、それは痛くて痛くて叫びだしそうなほどで、間近い蒼も揺れたから、きっと似たような痛みを彼女の心も感じたのだと思う。

不思議に思った理由、違和感の正体。
それは、
あるべきものが、いるべきひとがここにいない、だからだろう。……そんなこと、とっくに知っていた。

ナタリアは思って、それなのにそこでふとふたたび微笑んだ彼女の目は不思議なほどに穏やかだった。疑問に瞬いて、そういえばそんな自分の心も、驚くほど凪いでいることに気がついた。
なぜ。
――分からないけれど、分からないままでいいだろうと。思って。

◇◆◇◆◇◆

それきり二人は黙って、メンバーも誰も何も言い出さなくて、それでもどこまでもおだやかに時間は流れて。
やがて陽が落ちる。あのときの彼の言葉のとおりに、白い花自体がまるで光を放っているように幻想的に浮かび上がる。あるいはいつか昇ろうとする月に照らされるように、
そして、彼女のほっそりとした姿が影になって、ゆっくり、メンバーよりも花畑の奥に歩き出して。

おだやかな心に、つきりと痛みが走った。
うずく心は、――きっと「彼」との再会を、

―― End ――
2006/12/24UP
でもまた月香る時、彼女は帰ってくる。 / Desire10題_toaCP混合_
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穏妥 [でもまた月香る時、彼女は帰ってくる。]
[最終修正 - 2024/06/14-16:49]