ただ、訊いてみたいと思った。
すべての偽りをかなぐり捨てて、ただ。
――いつか、同じ夢を見る。
「……イオンさま? また、うなされていましたよ??」
「大丈夫……大丈夫ですよ、アニス」
眉を寄せる守護役の少女に、イオンは笑いかけた。朝、起き出すにはおそらく少し早い程度の早朝。ダアトの、彼の――導師の部屋に、今はイオンと少女と二人しかいない。夢に起こされたイオンに、心配をかためた顔で駆け寄った少女しかいない。
ましてや、「彼」がこの部屋に入るような機会は今までもこれから先も一切ないと。
分かっていた、知っていた、くつがえしようのない事実だった。だから純粋に彼を心配してくれる聡明な少女を、これ以上踏み込まないでもらえますかと笑顔で拒絶した。
――脳裏に浮かぶ光景を彼女と共有することはできても、きっとこの心は共有できないと、
ただただ知っていたから。
――いつからか、同じ夢を見る。
それがどこなのか、分からない。夢の作り上げた現実ではない場所の夢なのか、あるいはいつか起こる未来の夢なのかもしれない。知ろうと思えば知ることができるはずのことを、けれど知りたくはないから探らないままに。
不思議な光に照らされて、ただ振り返って嗤ったあの顔は自分のものだった。違いない、それは被験者となったひとを同じとする彼だから。
けれど同じでもまったく違うはずの二人なのに、
あの顔は、あの表情は、あの笑みは。確かに同じもので。
「もうっ、イオンさままたごはん残したんですか!!」
「……すみませんアニス。食欲が、ないんです……おいしいんですけど」
「うー。そんな風に困った顔で笑わないでくださいよぅ。やさしいアニスちゃんがイオンさま叱れなくなるの、分かっててやってますか?」
「いえ、そんな……ことは。ないですけど」
どこか空虚なやりとり、納得のいかない顔でそれでも下げられる食事の乗ったトレイ。生命をつなぐものを味わうことができる、少女の運んできてくれるそれをおいしいと思う。けれど、いつか消えてしまう自分にそんな権利はあるのかと自問してしまえば、生命の糧になったものたちへの罪悪感だけがこみ上げる。
それでも、何も食べないことはできない。
生きている彼は、彼の身体は、まだ生きていたい。かなう限り許される限り、この世界に存在していたくて。
――いつしか、同じ夢を見る。
凄惨な嘲笑う顔に、ただ手をのばす。届かないと知っていて、これは夢だと知っていて、それでもそうしないではいられないイオンに同じ顔はただ嗤う。
――あなたは、
――シンク、あなたには、
愚かさを、無力を。
偽善で固めた、醜いばかりの心を。
イオンを嗤うのは、イオンだ。被験者のイオンのかわりをつとめるためだけに生まれ、それ以外の生き方を知らず許されず、それなのに無様に足掻く自分を自分が嗤っている。
嗤いながら、もしかしたら――哀れんでいる。
「イオンさま……無理していませんか? 食べても寝ても術をかけても。回復は……していないんでしょうか」
「アニス、そういうものではないんです。ただ、ちょっと。どうしてでしょう、ひどく気分がふさいでしまって」
しょんぼりと、癖のある髪さえしおれた彼女にあわてて笑いかける。あなたはちゃんとやっていますよと笑いかける。
きっと、その笑みが空虚なことにどこか気付きながら。
何もできない、身代わりでしかない自分に振り回されている彼女に申しわけなく思いながら。
――いつまでも、夢を見る。
そして、問いかけたくて手をのばしていたはずが、いつか悲痛な顔で手をのばす自分の姿を見たとき。視点が入れかわっていることに気が付いた瞬間。
夢は醒める。寝台でふっと目を醒ました自分を、あるいはうたたねから浮上した自分をその瞬間に悟る。
悪夢、ではない。けれど良い夢でもない。囚われていたくはないはずなのに、逃れる気もない世界から、ただ追い出されたことを悟って。
その瞬間心を占めるこの感情を、ひとはなんと呼ぶのだろう。
淋しさ、だろうか。哀しみ、だろうか。それとも、安堵、なのだろうか。
ただ、訊いてみたいと思った。
すべての偽りをかなぐり捨てて、ただ。
同じ生い立ちで、ほんの少し何かが違って隔たれてしまった彼に。固有の名を持ち、固有の生をいき、それでも多分同じ空虚に囚われている彼に。
何を、か分からない。
けれど何かを。
――そして艦は動き出す。
「彼」の運命が、加速する。
