彼女に請われたなら、どんなことでもしたいと思う。
ほんの一瞬でも、その笑顔を自分のために浮かべてくれるというのなら。

―― 擱置 [限られたままの世界はつまらない]

「……ガイ!」
懐かしい、というにはそれほど時間の経っていない声を聞いて、ほぼ反射的に彼はその声の主に身体ごと向き直った。青の宮殿の中に鮮やかに映える金髪、周囲の雰囲気さえ華やかに染め上げる気品ある笑顔。
――ナタリア・ルツ・キムラスカ・ランバルディア。
従者の存在を忘れたように駆け寄ってきた彼女を、ガイはただ微笑んで待ち受ける。
「久しぶりですわね! ……あら、久しぶり、というほどでも……?」
「十日ほどしか経ってないかな。まあ、久しぶり。元気そうで何よりだよ」
複雑なあれこれを内包して、一言でいうなら「仲間」の彼女と。面と向かって二人、ただくすりと笑いあう。

いろいろばたばたあって、ガイがファブレ公爵家にもぐりこんでいる意味もなくなって、ピオニーの好意もあってマルクトに貴族として迎え入れられて十日ほど経っていた。もう十日、まだ十日、――里心が付くほどには、この環境に慣れきっていない。
そんな時分にこうしてナタリアに再会して、こうして笑い合うのはなんだか不思議な感じがして。
――果たして、彼女の目にガイがどう映っているものかは分からないけれど。

◇◆◇◆◇◆

立ち話をするには、数日間のあれこれについての話は長引くような気がした。あくまで王女としての仕事でこの地にいるに違いない彼女を拘束するのは気が引けたけれど、どうやら再会を喜んでくれている、そんな彼女の気持ちに乗っかってみることにする。
「公務かい? もしも時間があるなら、お茶に誘われてくれないかな」
「相変わらずですのね」
「さすがに別人になるには時間も経ってないしなあ……」
しみじみつぶやいたなら、ふたたび華やかな笑い声が上がった。
まさに相変わらず、だ。相変わらず彼は女性に親切で、このマルクトの地でもメイドはじめ姫ぎみたちにそこそこ人気があって、相変わらず――かつてに比べたなら多少は緩和されたにしろ――女性に触れられると身体が硬直する。
どこまで知っているのかガイには分からないナタリアは、けれどすまして微笑んでくれた。
「よろしいですわ、ちょうど今ピオニー陛下に挨拶を終えたところですの」
「忙しいのに悪いな。……うん、宮殿内よりも、ちょうどいい店この前見つけたんだ。そっちに案内するよ」
「まあ、お店を探すだけの暇はありますの? てっきりマルクト貴族としての仕事に忙殺されているものと思い込んでいましたけれど」
「うーん、まあばたばたしてるのは確かだけど……暇じゃないけどさ、陛下が陛下だし」
「本当に相変わらずですのね」
大げさに肩をすくめられて、ただ笑う。ナタリアがどういう意図でさえそんな彼に微笑んでくれるなら、それだけで気持ちは浮つく。
「行こう。……こっちだ」
手を取って案内することができない彼は、とうにバレバレで。ナタリアはまたひとつ、そんな彼に笑ってくれる。それがただ嬉しい。

一言でいうなら「仲間」の彼女は、一言でいわないとなるとそれなりに複雑な相手だった。
いや、キムラスカの王女と、その婚約者の従者、という関係であらわすならそれほど複雑ではないのかもしれない。けれどガイはマルクトの貴族として認められてしまって、従者だったころとは立場が変わってしまった。大体、仕えていた相手さえ被験者だったりレプリカだったりと複雑で、さらには事実としてナタリアに王家の血は流れていない。
半年ほどまでの互いの立場は、今や大いに変わってしまって。何も変わっていないのに互いの認識は大いに変わってしまって。

◇◆◇◆◇◆

「……穏やかで変わらない世界よりは、それでも、おもしろいかもな」
「何ですの?」
白磁のカップに映える琥珀色。その湯気に口元を隠して、いや、とガイは首をふる。
「そんなに日数経ってないから話したいこともそんなにないと思ってたけど、いざとなるとまるでまとまらないんだよな」
「そう……ですわね。あれもこれも話したいし、振り返る過去がたくさんありますし、これからのことだって。
――友人としてに限っても、まるで時間が追いつきそうにありませんわ」
戦争の雰囲気がすっかり薄れた、マルクトの街中。街娘ががんばってお茶に出かける、そんなレベルの店内は陽光を燦々と取り入れる建築デザインもあってひどく明るい。お茶とケーキで占領されたテーブルに、そうだ、重い話はとうてい似合いそうになくて。
店の選択を誤ったかもな、とガイは内心自嘲した。
むしろ、この雰囲気に合わせて馬鹿な軽い話だけをするのもアリなのかもしれない。

「ああ、そうだ。ナタリア――」
難しい話はあとにしようと思った。世界レベルの難しいことは一息ついたにしても、彼女は生真面目な王女。ほうっておけば厄介ごとばかりを拾い上げてしまう。
だったら、せめてこんなひとときくらいは。

彼女に請われたなら、どんなことでもしたいと思う。
ほんの一瞬でも、その笑顔を自分のために浮かべてくれるというのなら。
請われなくても、彼女のためになら。
どんな道化でも演じてみせようと。

琥珀を揺らめかせて彼女が笑う。
きっとこの瞬間は、何よりも平和なのだと思う。

―― End ――
2006/12/27UP
限られたままの世界はつまらない / Desire10題_toaCP混合_
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擱置 [限られたままの世界はつまらない]
[最終修正 - 2024/06/14-16:49]