ただの気まぐれだったのに。
嬉しそうに笑う顔なんか、ほしかったわけじゃないのに。
いつも、ではないけれど、彼女はよく主人を思って泣いていた。
知りたくなくても知っていた。年齢が――少なくとも見た目の年齢が似ているからと、六神将の中でも一緒くたに扱われることがよくあったから。そうしてそばにいたなら、知らないはずがなかった。
「……うるさいな」
そして、今日も。先ほど見たときはうとうとしていたから、多分夢にでも見たのだろう、「やさしいイオンさま」を。今はもう死んでしまった、彼女だけはそれを知らない、シンクはじめ七人のレプリカの被験者の夢を。
病気だからと引き剥がされたときのことか、もしくはやさしいやさしい夢とその相手がいない現実とのギャップに。
どんな夢であれ原因がなんであれ、すぐそばでしくしくめそめそされてはうっとおしくて仕方ない。彼女が泣くと連れている魔物まで騒いでくれるのだ。文句のひとつも言いたくなる。
だからぼそりと不穏につぶやけば、泣きぬれた顔が――それまで魔物の胴体に埋まっていた顔が持ち上がって、
「シンクの……イジワルぅ」
罵倒された。
「あーはいはい。ボクはイジワルだよ。今さら知ったの?」
だから何も考えずにとっさに返したなら、
「イジワル……!」
なんだかよけいに激しく泣き出した。
「うるさいって言ってるだろ」
「シンクの……ばかぁ……!」
「バカはどっちだよ、ていうか放してくれないかな。そうすればこっからとっとといなくなるからさ」
吐き捨てたなら、うわあああ、なんてさらに泣かれてシンクは反応に困る。なぜだか彼女の手は彼の服のすそをがっちり握りしめていて、いつからかも分からないそれは確かに彼の動きを邪魔していて。泣けば泣くほどどうやらその手にこもる力は増すようだと気付いたころには、小さな手の、指の先が白くなるほど力いっぱい握りしめられていた。
腕力に訴えればどうにかなったかもしれない。魔物を操るとはいえ、それなりに強力な術を使うとはいえ、彼女は肉体的にそんなに秀でているわけではないから。
思って分かって、けれどそうしたいとは思わなかった。
シンクは深く息を吐く。アリエッタは飽きもしないで泣き続けている。
つい、と視線を動かしたなら、向こうの方に丸くなっていた鳥の魔物が見えて。
決して何かを深く考えたわけではなかった。
そう、たとえばこの状況から逃げたかっただけで、それ以上の意味なんて。
足の下には、キムラスカの王都。周囲はすっかり陽が暮れて、宵闇に隠れて王城前の広場に降り立った。……ボンクラ兵士どもはどうやら気付いていない。運がいいのか、それとも警戒はこの程度なのか判断に苦しむところだった。
「……フン」
鼻であざ笑ってからこっそり彼女をうかがったなら、そんなシンクの脇に降り立ったアリエッタはどうやら目をまん丸にぽかんとしていた。王都の夜ともなれば、道に家に灯りがともってそれなりに明るい、上空に立って見下ろしたならそれらが一望できる。
嫌いなものだらけのシンクの中で、それでも一握りのきれいなもの、のひとつ。
単なる気まぐれで見せてみたけれど、まあ……はずれではなかったのだと、思う。
自己満足で、シンクの唇が珍しく皮肉以外に歪んだ。そんな自分に気付いた直後に、その口元は思い切りひん曲げられたけれど。
「……いい加減、放してほしいんだけどね。服」
「シンク、シンク……!」
「ちょ、……なんでしがみついてくるんだよ!?」
彼の言葉をまるで聴いていないアリエッタが、ずっとつかんでいた彼の服をはなしたのかつかんだままなのか、まるで体当たりでもするように抱き付いてきた。あわてすぎてどうにもできない彼がぎょっと声を上げて、それにも気付かないようにきらきらと笑う。
「シンク、やさしい」
「やさしくなんかないったら! はなせよ!!」
ただの気まぐれだったのに。
嬉しそうに笑う顔なんか、ほしかったわけじゃないのに。
それなのに、こうして抱き付いてくる少女が、年齢のわりに幼い彼女が。
ざわざわとシンクの心をざわめかせる、そのざわめきは確かに不快なもののはずなのに。別の感情を呼ぶようで、それが落ち着かない。
下には、光がともる街。
嫌いなものだらけのシンクの中で、それでも一握りのきれいなもの、のひとつ。
