だって、大好きだった。
誰にもかわりが勤まるはずもなく、誰にかわりを許すこともないほどに。

―― 出処 [君の声が懐かしくて]

風邪のときにも似たけだるさは、もはやいつものこと、だった。声も上げられない急激な発作の他に、普通にしていても時おり走る内臓を絞られるような痛みにも、いつか慣れてしまっていた。仲間の気遣いに、大丈夫と微笑み返した回数はもはや数え切れない。飲み続けている薬が果たして効いているものかどうか、いっそ疑わしくて。けれどだからといって飲むのをやめる勇気はどこからも湧いてこない。

◇◆◇◆◇◆

――もつかしら、わたしの身体。
今日も。そうして、宿に泊まった夜に。
引きつるような内臓の痛みと息苦しさに目を醒ましたティアは、ぼんやりと瞬いた。痛みから浮かんだ生理的な涙が、瞬きであふれてこめかみを伝っている。乾ききってはいないもののつっぱった感覚が気持ち悪くて、けれどいまいち腕の動かし方が思い出せなかった。
――あとひとつ……あとふたつ?
動かない身体、またひとつ瞬きながらぼんやりと数えてみる。
パッセージリングの起動のたびに障気が身体に流れ込んで、けれどリングがユリアの血に反応していると知ったなら他の誰と交代するわけにもいかなくて。この血が必要となくなるまで、あといくつリングを起動させればよかったのだったか。
――それまで、わたしは旅を続けられるかしら。
旅は、ただ道を行くだけではなくて襲いくる魔物たちと戦うことでもある。ただでさえ負担のかかる道行き、さらには戦闘。無茶をしている自覚はあって、仲間たちも含めてなるべく負担のない道を選んではいるものの。どうしても、は避けられない。
きっとただ街に暮らすよりも、だから病の進行は早い。
――最後までみんなの迷惑にならないでいられる……?
同じ部屋に休んでいるはずの二人を、別部屋に同じく宿を取った男性陣を心配してみる。気配を探ろうにも体調不良でどうにも調子が出ない、落ち着かない心では気配を探る余裕がない。
とりとめのない思考は、けれどそのうちふつりと途切れて。
ティアの意識は、やがて闇に呑まれていく。

◇◆◇◆◇◆

――ティア、
呼ぶ声、懐かしい声。
――メシュティアリカ。
ただ声だけでさえ、頼りきって甘えたくなる声。
――大丈夫か?
……兄さん。
大好きなひとの声。年に一回ペースで風邪を引く妹に、そのたびに忙しい仕事の合間を縫って見舞ってくれた。あわてたような声に、けれど細い声で返事をしたならとたんにほっとやわらかい笑みが浮かんで、
――無理をするな。もう少し寝ているといい。
……兄さん、ごめんなさい。忙しいのに、
――私が好きで戻ってきたんだ。いや、お前が体調を崩した、そういう理由がなければロクに戻ることもできない。いつも迷惑をかけてすまないな。
……迷惑なんかじゃ、ない。
大きな手が額を包んで、その手がやさしくて目を閉じた。ふっと吐息が降って、それは安堵したのかあきれたのか。分からない、分かりたい。けれどまぶたが重くて目が開けられない。意識が遠くなっていく。
……兄さん、大好きなヴァン兄さん。
……どうか目が醒めてもここにいて。もう一度、ちゃんと顔を合わせてお礼が言いたい。
わがままな願いは果たして声になったのか。そんなわがままに、ヴァンは何と返した?

――ティア、
懐かしい声が呼んでいる。
――メシュティアリカ。
返事をしたいのに、わたしは大丈夫よと目を見て微笑みたいのに。意識はますます闇に染まっていく。
不甲斐ない自分に涙がこぼれて、やさしい手がその涙をさらっていく。

◇◆◇◆◇◆

「……ティア?」
「だいすきだった、のよ……? ほんとうに、」
目が醒めてうつった人影にぼんやりもごもごつぶやいて、けれど相手が望んでいたひとと違った。それが不思議で瞬けば、照れたような赤毛が、いや、むしろあわてたようにどもりながら、
「ティア、あのさ。……体調悪いなら、今日は出発やめて休みに……」
「――ルーク……?」
「ね、寝顔見て悪い! いや、ナタリアたちが、」
「夢……? ごめんなさい、大丈夫よ。わたし寝過ごしたのね。待ってて、すぐに起きるから」
「無理しなくても、」
「平気だから。……早く終わらせましょう」

分かった、とうなずいてからあわてたように部屋から出て行く背中を見送って。そして彼女はゆっくり身体を起こす。――変な夢は見たけれど、どうやら身体は十分休んだようで、多少は軽くなっている。
それでも病が消えるはずはなくて、覚えのある痛みが電流のように一瞬だけ身体を走って。

――メシュティアリカ。
耳の奥に残る声が、なんて苦いのだろう。
だって、大好きだった。
誰にもかわりが勤まるはずもなく、誰にかわりを許すこともないほどに。
――けれど、それはいよいよ決別しなければならない声で。

障気が紫に染めた不気味な空を、窓から見上げた。
あの声はきっと、この空の下彼女が来るのを待っている。

―― End ――
2006/12/30UP
君の声が懐かしくて / Desire10題_toaCP混合_
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出処 [君の声が懐かしくて]
[最終修正 - 2024/06/14-16:50]