握りしめたままの手は、そのままで。
華奢でやわらかなそれを握りつぶさないように。

―― 掉換 [あなたの言葉を]

「……きゃ、」
聞こえたのはかすかな、ほんのかすかな呟きにも似た悲鳴だった。本当にごく些細なそれに、決して大事ではないと知りながら――ルークは勢いよくその悲鳴の主を振り返る。
「あ、……平気。ちょっと小石に足を、」
――取られただけよ。
続く言葉は分かって、けれどそれが声になる前に。

「ん」
気恥ずかしさに思わず顔を背けながら顔がきっと赤く染まっていることを知りながら、彼は手をさし出した。
「え、」
「……ちっ」
きっとそれにとまどうティアは見なくても分かって、このままだとどうしようもないと判断したのは瞬時、ルークはおろおろと戸惑う彼女の手をむんずとつかむ。
「え!?」
思っていたよりもずっと華奢でやわらかなそれを握りつぶさないように。
驚きを動揺を押し隠して、けれどそちらにばかり気を取られた結果。
「……うわっ、」
今度はルークの方が地面のくぼみに少しばかり足を取られかける。

◇◆◇◆◇◆

――過保護だよねー。
ふと仲間のうちのひとりの、あの小悪魔めいた声が耳の奥に蘇る。
――いやはや、若いですねえ。
ふと仲間のうちのひとりの、あの……ええと、黒っぽい笑みが目の前に広がる。
――……もう、見ている方が恥ずかしいですわ。
ふと幼馴染の王女が脳裏でぼやいて、
――まあ、気がすむまでとはいわないから最後までがんばれよ、ルーク。
ふと彼の世話役というか親友の、なんとなく生ぬるい笑みが彼をからかうようで。

――仕方ねーじゃねーか!!
今は仲間たちと一緒に行動しているわけではなくて、ティアと二人きりで、聞こえたようなそれは彼の気のせいと知ってはいるけれど。けれどどうにもやはり気恥ずかしくて、とりあえずこころの中で絶叫する。
結局握りしめたままの手は、そのままで。
思っていたよりもずっと華奢でやわらかなそれを握りつぶさないように。

◇◆◇◆◇◆

「……ゃ、」
けれど注意していたのがそこにだけだった証明のように、彼の背後でまた小さな悲鳴が聞こえた。先ほどのものよりもさらにかすかなそれに、もう自分の思考のせいでいっぱいいっぱいで振り向いたなら、申しわけなさそうな顔で、――けれどどこか姿勢の崩れたティアがそこにいて。
「え、と?」
「ごめんなさい……もう少し、ゆっくり……」

わけが分からない。
言われたことを理解するだけの余裕は、どうやら今のルークにはない。

けれどどうにかこうにか彼女の、それはもう驚くほどの申しわけない顔で言われた言葉を何とか噛み砕いて噛み砕いて噛み砕いて、
「……あ、」
彼女の目が向いたのは、二人を繋ぐ互いの手。
崩れかけた姿勢、先ほどのかすかな悲鳴。
一度分かればなんてことはない、手を繋いだままで、彼がいつもの歩幅で歩こうとしたから。もともと歩幅からしてだいぶ違うのだろう、ルークが今まで気付かなかったそのせいで。気を使ったつもりで手なんかつないでいたせいで。引っ張られたかたちのティアが、姿勢を崩しかけたらしい。

「ごめん……」
「違うの、わたしこそ、」
立ち止まって、身体ごと目を向けた先にはティアがいる。すらりとした身体つきも涼やかな蒼い目もそれを隠すような長めの前髪も、詠うためのきれいな声も。身に付けた神託の盾の服だって、いつものままなのに。
今は、彼女の中身が違う。別人ではないけれど、いつもとはまるで違う。

……これじゃ、逆じゃねーか。
本当は、彼はそんな状態ではなかったわけだけれど。ずっとそうなのだと言われ続けてきた症状が、けれど彼ではなくて今は彼女の身に起きていて。たぶん、今のティアの気持ちが分かって、けれど誰にもどうにもできないことは他でもないルークがいちばんいやになるほど知っていて。
やるせない気持ちもどうにもできない気持ちも、分かってしまうティアの、その気持ちまで分かってしまって。

◇◆◇◆◇◆

「るー……く、」
謝ってほしくはない。何もできない自分に、他でもないティアが、今誰よりも不安定なティアがルークに気を使うこともない。冷たいと思わせるほどに理知的で、でもかわいいものが大好きで、強がってばかりで自分も他人も甘えることを許さない、そんないつものティアと違う「今」くらい、いつものティアを知らない今のティアくらい、好き勝手にわがままになればいい。
何も知らなかったから、わがままに好き勝手に生きていたあのころの自分みたいに。
今なら、逆なら、彼と彼女の立場が逆になった今なら。
彼女のどんなわがままだって、聞いてあげるのに。

言葉にできなかったから、抱きしめた。大切に握りしめた手を離すと同時、そのかわりというように彼女の細い身体を抱きしめた。手を握ったあの瞬間と同じようで違う、ああ、こんなにもはかない存在だったのかと、ティアに驚いて。
抱きつぶさないように、大事に大事に。
言葉にならない想いが、触れ合った肌から伝わればいいと無茶なことを祈りながら。

小さくてはかなくて華奢な、記憶を失くしたただのおんなのこに。
あるいは彼の方が、いっそすがりついたのかもしれない。

おろおろととまどって、けれどそんなルークを振り払おうとは一度だってしなかったティアの手が。
やがておずおずと、彼の背に回る。

―― End ――
2007/06/17UP
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[最終修正 - 2024/06/17-12:58]