醜い自分に、自分のことしか考えていない自分に。
マリアは、ただ口元だけで笑う。

―― 烈火 [不意に浮かぶは]

「ちょっとアルベル!」
マリアが部屋に入ったとき、おとなしく寝ていなければならないはずの細身の身体は当然のように起き上がっていて立ち上がっていて。あまつ武器を手に部屋から逃げ出そうとしているようにも見えて。
思わず鋭く声を上げたマリアに、整った顔が向くと次の瞬間やかましそうにしかめられた。
それでも、それでかっとなるようなマリアではないから。
ふふん、とわざと挑発するような微笑を浮かべてみせる。多少どこか引きつったようなものだったかもしれない。けれどとりあえず目論見どおり、やかましそうにしかめられた、どちらかというと物憂げだったアルベルの顔が、それに素直に挑発されていかにも怒りを含んだものになる。
「……逃げるの?」
さらに挑発するように、マリアは言いながら一歩部屋に踏み込んだ。
「誰がだ」
手にした武器を、きっと反射的にだろう。脅すように、ちゃきりとその刃を引き抜きかけながら、アルベルがうなる。
マリアは何も言わないまま、ただ笑みを深くする。
アルベルの顔が、ますます険悪なものになっていく。

◇◆◇◆◇◆

先日、アルベルはとある戦闘で何度かも知れない、ひょっとしたら生命にも関わるかもしれない大怪我を負った。とはいえそこは生命のやり取りを日常とする一行、あわてず騒がずアイテムと呪文を駆使した結果、とりあえず一命はとりとめた。

が。
目醒めたアルベルは、それまでの記憶の一切を失っていて。
さすがに経験のないそんな事態に、一行は今度こそ動揺した。

◇◆◇◆◇◆

「……身体、本調子じゃないんでしょう? いつもなら別に心配しないけど、今は……剣の扱い方だって忘れているくせに」
「瀕死の大怪我とやらをここまで回復させられるなら、ついでに完全に回復させとけ」
「そう言うと思ったから、わざといくつか治すのやめたのよ」
――まったくもう、こういうところはまったく変わりないのね。
息を吐いて小さくぼやいたなら、真紅の目が空を泳いだ。このあたりはいつもよりもかわいげがあるかもしれない。
思ってから。どうしても見知ったアルベルと比べてしまって、たぶんそれはこのアルベルには不快に違いないのに、どうしても比べてしまって。他の人間はともかく、自分だけはそうならないようにするつもりだったのにと、マリアは思わず自嘲する。
自嘲してからそれに気付かれないようにと、畳み掛けるように質問を続けることにする。
「……体調は?」
「てめえがわざと怪我を残したってなら、それくらい知ってんじゃねえのか」
「そんなもの、目に見える範囲の話でしかないもの。怪我の痛みなんて感覚的なものは、本人の口から聞くのが一番確実で手っ取り早いわ」
マリアの目論見どおり、アルベルから脱走の意志は――少なくとも今は、消えていた。彼自身がそれを自覚する前にと歩を運んで、マリアは抱えていた治療道具をサイドテーブルに落ち着ける。
頬にべったりとガーゼの残った、身の顔を、それから改めて――もしくははじめて、正面から見上げた。
「包帯をかえるから、剣をはなしてベッドに座りなさい」
「……俺に命令、」
「アルベル」
名前を呼んだなら思い切り嫌そうな顔をして、それでもしぶしぶ従ってくれる彼は。本当に、なんてかわいげがあるのだろう。

◇◆◇◆◇◆

服を脱がせて包帯を外して、身体のそこかしこ、残った傷痕の上にさらに刻まれたまだ治りきらない傷に、丹念に薬塗ってはガーゼで包帯で保護していく。傷にしみるのだろう、触れる肌が時おり細かくはねて、けれどアルベルは何も言わない。悲鳴もうめきもかみ殺す。だからマリアも、何も言わないままただ手を動かしていく。
何も言わないアルベルの視線が、強すぎるほどに強く自分に降り注いでいることをいやでも感じながら、けれど何も言わないで何も考えないで手だけを動かしていく。

「……おまえは、」
「何」
腹部の、いちばん大きな傷に包帯をかけるころになって、それまで不自然なほどに静かだった部屋に小さく声が上がった。作業の関係上どうしても抱きつくような格好になりながら、マリアも同じような大きさでつぶやくように返事をする。
返事をしながら、彼に顔を見られていないことを知っていて、だからこそ。燃え盛る炎を閉じ込めようとしている、だなんて、ふと浮かんだばかげた連想にかすかに笑っていることに、気付かれないように。
「おまえは記憶を取り戻せ、とはいわねえのか」
「……マリアよ」
「?」
「おまえ、じゃなくて、マリア。マリア・トレイター。
……人の名前を忘れてくれたことくらいかしら、今のあなたに文句を言いたいことなんて」
傷口にさわらないように注意しながら、包帯のはしを処理する。無意識に急ぎたがる身体を意識してゆっくりと、慎重に。
照れも焦りも、今は必要ない。
「私とキミの付き合いは、たかだか数ヶ月程度よ。それも、基本は戦闘メンバーの一員として。……互いに、ね。
さっきは剣の使い方を、とか言ってみたけど。本当は、戦闘技術なんて頭で考えるよりも身体に叩き込むものでしょう。最初はぎごちなくても、きっとすぐに慣れるわ。たとえ記憶は思い出さないままでも。
……だから。私には、早く記憶を取り戻せなんてことさらキミに迫る必要なんて、ない」
――それに言ってどうなることでもないし。
そして口元が笑う。
「……そうか」
小さくつぶやいたアルベルが、けれど似たような笑みを浮かべているのを見なくても知っている。

◇◆◇◆◇◆

言葉だけならそのとおりなら、自分はなんて冷たい女だろう。
けれど誰もが、仲間の誰もが。態度や言葉こそ違っても、記憶を取り戻せと彼に迫っているのを知っている。たとえば記憶を取り戻すきっかけになればとこれからアーリグリフに出向いたなら、そこで出会う誰もが、たぶんきっと同じことを彼に言う。
だからマリアは、思う。
それなら、他の誰もが同じ態度を意思を見せるのなら。せめて彼女だけでも、違う意見を持ち出してもいいではないか。
それがたとえば演技でしかないとしても、本当は誰よりも早く記憶を取り戻してほしいと思っているとしても。マリアのアルベルを本当に願っても。それでも無理にでも、その無理を悟られないように細心の注意を払って。記憶のない今のアルベルに、居場所を確保してあげてもいいではないかと。
せめて、自分くらい。

脳裏に、瞬間的に浮かぶのは。言葉こそ少なかったけれど、不安定なマリアにここにいてもいいと示してくれた、あのときのアルベル。
じんわりと、けれどどうしようもなく嬉しかった、あのときの気持ち。

それを、せめてその欠片でも、返すことができるのなら。

◇◆◇◆◇◆

「これが終わったなら、外の空気でも吸いに行きましょうか? 得物の関係で、私はキミと手合わせなんてできないけど」
「……いい。必要ねえ」
最後に頬にあるガーゼを外して、反射的に違いないけれど目を閉じたアルベルの、整った顔を見ながら。そこにある擦過傷に薬を塗るふりをして、その実ただただ彼に見惚れながら。
マリアは、ただ口元だけで笑った。

醜い自分が、自分のことしか考えていない自分が。
滑稽に思う。

それはたとえば哀れなほどに。

―― End ――
2007/06/27UP
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烈火 [不意に浮かぶは]
[最終修正 - 2024/06/17-12:59]