申しわけ程度の風よけから外をうかがう細い背中を、見ていた。
それしかできない自分が悔しくて、前だけを見つめる彼女が切なかった。

―― 雪片 [儚い儚い雪の跡]

ドラゴンオーブを、奪われた。
味方のふりをして同行していた女剣士は実は主神の下僕で、やっとの思いで見つけた宝を、一度は手にしたそれを、やすやすと横からかっさらっていった。ついでにとでもいうように、最初から女剣士の連れだったはずの大剣使いまで殺していった。
気落ちする間もなく、むしろそうさせまいとしてか、主神の次の狙いはディパンの壊滅だろうとそれを阻止するために出発地点まで戻ることになって。安全で時間のかかる道なんて見向きもせずに、危険な近道を選んだのは彼女だった。

細い肩に、もろい身体に、自国の民どころか世界の命運まで背負ってまっすぐに立つ王女は凛々しい。内にいる女神ではない彼女は、当初こそおどおどおろおろしていたのに、今では立派に王者の顔をみせる。
けれどその姿はルーファスの目に痛い。
退路を絶たれた、追い詰められたからこその強さにしか見えないから。

◇◆◇◆◇◆

見張りの交代だとたたき起こされ眠気半分でのそのそ顔を上げたなら、焚き火からずいぶん外れた場所で見覚えのあるどころかすっかり見慣れた金髪が外を見ていた。寝入る前に外を見ていてそのまま寝入ったのだろうか、ともあれ暖かくしないと風邪でも引くぞと思わず近寄れば、彼女はしっかり目を醒まして――むしろどうやら寝ないまま、薄く雪の舞う外を眺めている。
言いたいことはいろいろ頭をよぎったものの、結局は持ち主のいない外套をばさりと投げつけるだけにした。そのつもりだったけれど、悩んだ末になんとか皮肉にならないだろう台詞を向けてみる。
「……まだ夜じゃないか。強がっててもあんたが一番体力ないんだから、大人しく寝た方がいいんじゃないのか」
「……わかって、います」
起きていると思ったら実は寝ていました、というのを密かに期待していたのに、彼女はやはりちゃんと起きていて、寝ていなくて。ひょっとしたらこれは女神の方です、というのを密かに期待していたのに、首だけを彼に向けると、ふわりと花のように笑いかけてくるとなれば、これはもう王女でしかありえない。
火から離れた場所で、雪明りしかなくて、そんないいわけでは誤魔化すなんて無理なほどその愛らしい顔立ちには疲労の色が濃いくせに。いっそ気を失って倒れておかしくない強行軍で、少ない休憩時間をさらに削ってどうするというのか。
言いたいことはいろいろあったけれど、結局それ以上は何も言えないまま、彼は彼女のかたわらに乱暴に腰を落とした。地面から這い上がる冷気にぶるりと身を震わせて、気遣いの顔を向ける彼女を無視して外を眺める。――そんなふりをする。

◇◆◇◆◇◆

地元の人間さえ迂回するというスカビア渓谷は、実際足を踏み入れたならかなり洒落にならなかった。しかも、意地悪な仕掛けやら強敵やらが満載の奉竜殿からまともに休まないまま歩き通し。体力自慢のはずの忠臣さえ疲労を誤魔化すことができないとくれば、ひよわな弓闘士ともやしな魔術師に何を望めというのか。
けれど誰よりかよわい王女が誰より先を急いで、陽も暮れたのに下手をすれば徹夜さえしそうな勢いで、さすがにそれは思いとどまらせたものの。せっかくの休憩時間をまともに休もうとしない彼女を、けれど誰も叱ることができない。

焦燥感に追われている今なら忘れていられることを、そのふりをしていられることに、少しでも落ちついてしまったなら気付いてしまう。
世界中を駆けずり回ってようやく見つけた宝を、目の前で取り上げられたこと。心許した存在にこれ以上ないほど手ひどく裏切られたこと。頼りにしていた人間を呆気なく殺された上、連れ去られて、次に会うときがあるとすれば敵対する立場だろうこと。

単なる事実として思い返しても、ずきりと心に痛みが走る。そばにいただけの彼さえそんな状態となれば、渦中にあった王女の痛みはその比ではないだろう。
自分をいじめることで痛みから逃げているだけだと、単なる逃避でしかないと、多分本人もわかっているからなおさら何も言えない。実際倒れてしまえば軽口のふりをして忠告もできるけれど、ぎりぎりのところで踏みとどまっている王女に、少なくとも彼はかける言葉がみつからない。

◇◆◇◆◇◆

日暮れ前に見つけた、申しわけ程度の風よけがあるだけの場所。すぐそばで火を焚いて暖をとって、そのはずなのにしんしんと冷え込んでぶるりと身をふるわせる。
「ルーファス……もっと火のそばにどうぞ。わたしはここでいいですから」
「そういうわけにもいかないさ。……あのなあ、王女とか関係なくてだな、女が寒いとこにいて自分だけぬくぬくあったまったりしたなら男がすたるんだよわかってくれよ。
オレに火のそばに行かせたかったら、まずはあんたが移動してくれ」
「それってどういう理屈ですか」
「そういう理屈だよ」
困ったように小首を傾げる彼女をそうして火のそばにおいやって、世話をさぼったおかげで消えかけていた火にあわてて薪をくべる。好んで寒いところにいた彼女も、実際冷え切っていたのだろう、彼に気付かれないように――きっとそのつもりでほっと息を吐いている。気付いて、それに気付かないふりをして少しは復活した火を薪の先でつつく。

「明日には、ここを抜けられるでしょうか。――そうしたなら、ゾルデはすぐそこですよね?」
「実際に地理の把握はしてないけど、地図で見るならそんな感じだったな」
「間に合うでしょうか……いいえ、間に合わせます。明日はもっと、急がないと」
「無茶して倒れない程度にガンバレ」
「……ルーファスは、がんばってくれないんですか?」
「いや、何かあった場合まずまっさきに体力尽きるのはあんただろ」
「……もう!」
火に照らされて、その顔はけれどやはり青い。なにかないかと荷物をひっくり返して湯をわかして茶を淹れることにして、味はともかくあたたかいものでほっと息を吐いてくれるだろうか。

◇◆◇◆◇◆

そうしてどたばたしているうちに、彼女の視線はまた外に向いていて。こんな場所からは見えるはずもない故郷を、けれど彼女の瞳はきっととらえていて。ひょっとしたらそこにキナ臭い何かを、避けられない悲劇までも見つめているかもしれなくて。
手をのばせば触れられる場所にいるはずの彼女は、なんだかとてつもなく遠かった。火に当たっているはずなのに熱は届いていないようで、寒さに凍りつきそうに見えてひどくひどく痛ましい。

申しわけ程度の風よけから外をうかがう細い背中を、見ていた。
それしかできない自分が悔しくて、前だけを見つめる彼女が切なかった。

いつの間にか彼女の髪にくっついていた、白いものがとけてぽたりと落ちてしまっても。
彼女は、彼を見てくれない。

―― End ――
2009/01/27UP
儚い儚い雪の跡 / 夢見る唄で5のお題_vp2ルーファス×アリーシャ_
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雪片 [儚い儚い雪の跡]
[最終修正 - 2024/06/17-13:07]