彼女には役者が釣り合わないにしろ、ただの花一輪よりはマシだろうそれを。
何を考えているのか分からないけれど、彼女はそうっと自分の頭にのせた。

―― 花冠 [深い深い花の色]

たどり着いた精霊の森最奥は、そこにそびえる岩山――の姿を借りた天界への入口は。それまで、見た目が多少違うかもしれない、程度だった二人の違いを、これでもかというほどきつく突きつけた。
彼には幻でしかない入口は、
彼女には岩山でしかない。
彼は岩山を模した紗を抵抗なくくぐるけれど、
彼女が同じことをしようにも岩壁は断固として彼女を阻む。

一度は絶望して、けれど追っ手から二人を匿ったエルフの言葉に希望を見出して、まるで急かされるように森を後にした。残っているかどうかも分からない、瓦礫の下からまともに取り出すことのできる保障もない、生身の人間にはまぎれもない猛毒を探すために、滅んだ王国王城へ戻る。
熱に浮かされたように先へ先へと急ぐ彼女につられて、なかば駆け足で、数日前に通ったばかりの道を駆け足に戻ろうとして、
――ふと。
そんな自分たちの行動に、疑問を抱いた。

◇◆◇◆◇◆

「ルーファス、のんびりしている暇なんて、」
「……大丈夫だって。世界の崩壊はまだ感じ取れないくらいだし、この先はあの雪山だろ? ちょっとくらいまともに休んで体力回復させてからにしないと、あの寒い中で力尽きたらどうするんだよ」
「それはそうかもしれませんけど! でもだからって立ち止まっているのは違います!!」
「断言するなよ。……いや別に否定しないけどさ」
先日往復したばかりで、その厳しさをいやというほど思い知っている白い山、の手前。というか途中。標高はすでにだいぶ高くて、朝晩には雲の中につっこんでしまったように深く霧が立ちこめる。
まさか視界を完全に完璧に奪うほどではないにしろ、特に今の霧は濃いのではぐれないようにと手をつないでいる。そうしていなかったなら、ひょっとして置いていかれてたかもしれないよなあ、などとひっそり笑って。ルーファスは先ほど手折った小さな花を、目の前でむっと眉を寄せている彼女の髪にさしてみる。
さらさらと輝くような、色味は控えめな彼女のブロンドに、――その花は、けれど地味すぎた。もっと似合うと思ったのに、と内心がっかりしている彼とは逆に、ふわりと彼女の頬に血の色が上がっていく。
「……ルーファス!」
「いや、実際こんな中ムキになって全力で移動したってたかが知れてるよ。敵の気配もないし、ここいらで休憩とかしといて、霧が晴れてから移動したっていいだろ?
こういう霧ってのは、陽が昇れば薄れて消えるって相場が決まってるんだから」
でも、とか、だって、とかもごもごつぶやく彼女はどうやら納得していないけれど、彼としてはもうここで時間をつぶしていく気満々だった。
説明通りの目論見もあるけれど、それ以上に。時間をかけたところでどうにかなるとも思わないものの、もしも彼女が少しでも落ち着くなら、そのきっかけに時間を稼ぎたい。

◇◆◇◆◇◆

怪我や多少の疲労は彼女の使う術でごまかしがきく。だからこそここまで駆け足でやってきたけれど、そこまで急ぐ必要なんて大してないことに気付いてしまった。
急いでしまえば、目当てのものが見つかってしまえば、結果として今ここに生きている彼女が死ぬことに気付いてしまった――今ごろになって、ようやく気付いた。

内にいた女神を手放して、ようやく普通の人間になった彼女を。
やっと手に入れた「普通」から引き剥がすことは、正しいことだろうか。

◇◆◇◆◇◆

口に出したなら、わたしがそうしたいのだと彼女は言い張るだろう。彼はそうしたくないけれど、そう伝えたところできっと、意志が強いというか、悪くいうならがんこな彼女はたぶん納得しないだろう。
それがわかっていて、ことそんな題材で気まずくなりたくはない。
だから立ち止まって、そこが山間の小さな花畑だったことに気付いて、だからこそ先ほど手折った花があったことを思い出して。繋いだ手をそっとはなしても、すねたような彼女は彼を置いてはいかない。それに少しだけ安堵して、もうひとつふたつ足元から適当な花を集める。ふと思いついて、ちらりと見たことがあるだけの記憶を頼りにその花をまとめてみて、材料がすぐそこにあるのをいいことに、たどたどしい手つきながらなんとか思い通りのものにならないかがんばってみる。

「……ルーファス?」
「ん、……けっこう難しいもん、だ、な……?」
ごそごそと手を動かす彼に、すねていた彼女もやがて興味をそそられたようで、なんとなくかたちになりつつあるそれを覗き込もうとする。見られて困るものではないし、けれどまじまじ見られるにはつたないものなので、さりげなく手を止めて環になるようにかたちを整える。
当初考えていたよりもずいぶんちっぽけで、苦笑してしまうほどお粗末で、でもなんとなくそれっぽいものにはなった気がしたので。
「ほら」
「え?」
すぐそこにあった小さな頭にちょこんとのせてみた。分かっていない彼女はのせたばかりのそれに触れて、そうっと取り上げて、まじまじ見つめるとついで彼を同じ目で見上げる。
どんな顔をすればいいものか思い当たらなくて、彼はわざとらしく顔を背けた。

彼女には役者がまだ釣り合わないにしろ、ただの花一輪よりはマシだろうそれを。
何を考えているのか分からないけれど、彼女は再びそうっと自分の頭にのせた。
ただの花一輪よりは少しは華やかなそれも、そうして彼女ははにかんだように微笑んでしまったなら、微笑む彼女の華やかさにまるで追いつかなくてなんだかとてもがっかりする。

◇◆◇◆◇◆

もっと、大輪の色鮮やかな花と。
光の加減できらきら輝く宝石と。
華やかで手の込んだドレスと。
今まで彼にはまるで興味がなかったそういうもので、彼女を飾りたいと思った。生死のやりとりなんてしてほしくない、血生臭さとはまるで違う世界で、安全で清潔できれいな世界で、彼女に微笑んでいてほしい。――そう、心底思った。

「ふふ。……ねえ、ルーファス。似合いますか?」
「んー……そうだな。まあ、それなりに」
心底嬉しそうな彼女を、たかが花冠程度でこれほど嬉しそうに微笑む彼女を。
けれど、

……これから選ぼうとしている道は、果たして本当に正しいのだろうか。最善でないにしろ、次善であってくれるだろうか。本当に、そうなのだろうか。
気付いてしまった疑問は、彼の内でますますふくらんでいく。彼の疑問を知らないで、ただ無邪気にはしゃいでいる彼女の姿が、気付いてしまった彼の胸に、
つきんと鋭い痛みをつきつける。

―― End ――
2009/01/29UP
深い深い花の色 / 夢見る唄で5のお題_vp2ルーファス×アリーシャ_
OFP
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花冠 [深い深い花の色]
[最終修正 - 2024/06/17-13:08]