すぐそこにいることが、当たり前のように触れることが。
「日常」になったのは、いつからだろう。
「じゃあじゃあ!! どのみち出発は明後日だってフェイト言ってましたし、それまで試してみましょうっ!」
「……は……?」
ソフィアの言葉に、二人の顔がまるでそっくり同じ表情を浮かべて。本当に仲がいいんだなあと、うらやましくなりながら少女はにこにこと、
「あのですね……」
ぴっと人差し指を立ててみた。
はふー、と吐息が漏れた。たった今まで読んでいた本をぱたんと閉じて、もう一度ページをぱらぱらしながらソフィアはうっとりする。
「すてき……」
小指に結ばれた赤い糸も、いつか迎えに来てくれる王子さまも。本当の本気で信じることは、十七年生きてきた今さすがにもう難しいけれど。
はふー。
「良いなあ……」
叶わない夢物語と分かっていても。……憬れるのは、自由だと思う。
そんなうっとりトリップしていた彼女の肩が、びくんと大きく跳ね上がった。行儀悪くベッドにうつぶせになって本を読んでいたのを、あわててその場に正座する。
ばたん、かつかつかつかつ。
いつもは足音も気配もまるでなくて、気が付けばすぐそこにいていちいちソフィアをびっくりさせる二人が、仲良くじゃれあいながら喧嘩しながら、ずかずかとやってくる。
「ああもう! 何なんだいあんたはいちいちべたべたくっつきたがって」
「……減るもんじゃねえだろうが阿呆」
「減る減らないの問題じゃないよむしろ確実に減るよというか分かってて言ってるだろうさてはあんた!?
邪魔なんだよ!! これから書類片すんだシーハーツの機密をあんたなんかに見せられるか!!」
「別に見ねえよんなもん」
「そういう問題じゃないんだよっ!」
いつもは冷静沈着なネルが、きれいな赤毛に負けないくらい顔を真っ赤に染めて怒鳴っている。大またでずかずか歩く彼女に背後からのしかかるように、歩きながら実に器用にアルベルがまとわりついている。
……ええと。
ベッドの上のソフィアが困った顔をするのに、二人はまったく気付かない。
「ほらほら、あんたはとっとと自分の部屋に戻りなってまあ別にどこ行っても良いけどさ」
「……じゃあ、こ、」
「却下」
私物のかばんをごそごそやって、めいっぱい書類が詰まった紙袋を探し出すネル。そんなネルにどうしてもかまってほしいらしいアルベル。じゃれついては怒られているアルベル。
そして大げさにため息なんか吐いている。
子供っぽいというかむしろ甘えたがりの子犬のような彼をきれいに無視して。すぐに書類を見つけたネルはそれを手に、
「……じゃあ、膝よこせ」
「何が「じゃあ」なんだいっ!? てか貸すってどうするつもりなんだい膝なんて馬鹿なこと言ってないで、」
「こうするんだよ阿呆」
「……っ!!」
――そこでベッドに腰かけたりするからそうなっちゃうんじゃないですかネルさん。
と、ソフィアはネルにツッコミたかった。
ともあれ、いまだ正座をしているソフィアとは別のベッドにネルが腰かけて、彼女のふとももを枕にアルベルが横になる。とても素早い。しかも膝枕に仰向けになるわけではなくて、うつぶせになって顎をふとももに乗せるようにして両腕をがっちりネルの腰に回していたりする。
……なんだか変なフィルターでもかかっているのか、ソフィアの目にはそれが妙に卑猥に映る。
「……あの、」
「邪魔だってんだろこの馬鹿! そうだあんただって国の重鎮じゃないか少しはデスクワークとかやってみたらどうなんだいっ!!」
「んなもん後生大事にこんなとこまで持ってくるわけねえだろ、修練場からどれだけ距離あると思ってやがるんだ紙切れなんぞぼろぼろにするだけだろうが」
……なんとか絞り出したソフィアの声は無視された。というかまるで気付いてもらえなかった。
二人の口げんかというかコミュニケーション? はまるで止まる気配を見せない。
「それはあんたの管理が悪いんだろ!!
ていうかこの手はなんだいどこ触ろうってんだいあたし今嫌がっているんだけどそれに気付けないとかほざくつもりかいつまりそれってあたしへの挑戦だね受けて立とうじゃないか覚悟はできてるねっ!?」
「あ、」
「あのっ!!」
「「!!??」」
この二人と出会った当初、この「コミュニケーション」を本当に最初に見たときから以降しばらくは。何か偶然うっかりそれを目にするたびに、ひとりこっそりどきどきしていたものの。偶然どころか日常的に見せられる光景、あまりに日常的に目にする光景となると、さすがに今ではすっかり見慣れてしまって。
――素直に気を利かせて部屋の外に出てあげようかなとか、いっそ興味津々今後の参考にちゃっかりくっきりじっくりずっと眺めていようかなとか。
ソフィアの頭をいろいろ意見が流れたけれど。
改めて張り上げた声に、アルベルとネル、二人の動きがぴたっと止まった。
それで軍事国家の三軍の長か、それで国一番の隠密の片方かと、思わずツッコミを入れたくなるほどに。本当に掛け値なしに、二人は完璧まるきりソフィアの存在に気付いていなかったらしい。
――ふと、少女の脳裏にとあるアイディアが浮かぶ。
……こほん。
気を取り直したソフィアが咳払いをして、さすがにぎくしゃくとネルが姿勢を正した。アルベルがのっそりと身を起こした。ネルは羞恥に前さえ見ることができないようで、アルベルはいいところで邪魔しやがって何さまのつもりだてめえ、などと程度が最下層のちんぴらごろつきにしか見えない顔で、
「――いつからいやがった阿呆」
「ずっといましたっ! お二人が騒ぎながらこの部屋に来る前から、わたしはこの部屋にいましたっ!!」
「……ああ、うん……それは良いんだけどさ気付かなかったあたしらが悪いんだよ。いやそうじゃなくてさソフィア、」
噛み付いてくるアルベルに全力で対抗して。ぼそぼそと決まり悪そうにつぶやくネルに、ソフィアはにこーっと笑いかける。
「ネルさん。本当にくっついてくるアルベルさんが迷惑なんですね?」
「てめ、」
「あんたはいいから黙ってなっ!
……ええと……うん、まあ真面目に仕事したいってのにいちいち邪魔されちゃあさ、」
「じゃあじゃあ!! どのみち出発は明後日だってフェイト言ってましたし、それまで試してみましょうっ!」
「……は……?」
ソフィアの言葉に、二人の顔がまるでそっくり同じ表情を浮かべて。本当に仲がいいんだなあと、うらやましくなりながらソフィアはにこにこと、
「あのですね……」
ぴっと人差し指を立ててみた。
わけが分からない、と。剣士と隠密は疑問を全面に浮かべる。
