「……うーん」
そのころ、違う場所でやはり頭を抱えている人間がいた。いまだネルが廊下で立ち止まっていた。
歩きかけた姿勢のまま固まってしまった彼女を、通りすがる人間全員がぎょっとした目で見つめていた。しかしぎょっとしたものの、心底真面目にぶつぶつやっている姿になんともいえない寒気を感じて、関わり合いになりたくないと逃げていた。
賢明な判断だった。

―― Aprilscherz 2

ネルは、動きを止めた自分にも集中する困りきった視線にも無理矢理無視して見なかったことにして足早に歩き去る人々にも、気付いていない。
「――ネルさん?」
声をかけられても、まるで気付かない。
「ネルさん!!」
「え!? あ、な、なんだいフェイトいきなり大きな声上げて……びっくりするじゃないか」
「「いきなり」じゃないんですけど。ええと……身体の調子でも?」
「いいや?」
そのまま、どれだけの時間が経ったのか。大きな声で名前を呼ばれて肩を掴んで揺さぶられた。そうしてようやく我に返った彼女がまじまじとその相手を見ると、「難問」を突きつけた当の本人が、困ったような苦笑しているような心配しているような、そんな笑みを浮かべて立っている。
心配してくれたらしいフェイトに、ネルはあわてて首を振った。
何を訊ねられたのかまるで理解していなかったけれど、とりあえずそうしていた。そうしながら、すぐ目の前に青年がいるのに、これほど近付かれるまで声をかけられるまでまるで気付かなかった自分にこっそり呆然とする。
隠密、失格だね……。
こっそり落ち込む。
そんなネルに気付いたのか気付かないのか、フェイトが優しい笑顔を浮かべた。
「「エイプリル・フール」は他愛のない嘘を吐く日、ですけど。どうしても無理なら、別の――でも「今日らしいこと」だってありますよ?」
……なんで分かったんだろう。
ネルは瞬間ぽかんとして、それからあわててぶんぶんと首を振った。今はそれはどうでもいい。今必要なのは、
「そ、そんなのがあるのかい……?」
「さっきマリアが言っていた中に「オール・フールズ・ディ」っていうのがあったじゃないですか。たとえばそれなら、こうして嘘を考える必要はないですけど」
「……は、はあ……」
どこまでもにこやかなフェイト。いつもながら、こういう笑顔を浮かべたフェイトの考えが読めない。目を瞬くネルの耳に、フェイトが静かに口を寄せた。ごそごそぼそぼそと説明する。
「……こんなところです。やっぱり「嘘」の方にしますか? それとも別のとか」
「…………いや。確かにこっちの方がまだあたしの性に合ってるかもね。
腑に落ちないけど――「たまの休みの日」なんだから、こんなお遊びもアリかもしれない」
その返事に、フェイトがの笑顔がいたずらを考える子供のようなものに変わる。ある意味これ以上ないほどの「純粋」なそれに、ネルはどこまでも真面目な顔で、一つ大きくうなずいた。

◇◆◇◆◇◆

……やっぱり「あれ」にしようか。
きらきらしたソフィアに詰め寄られて追い詰められて、マリアは冷や汗で服をぐっしょりと冷たい服に顔を引きつらせた。実のところ、話を聞いた瞬間に思い付いていたのだ。ただ、自分をネタに「それ」をやって、笑われたらかなりのショックだし、笑われずに真剣に対応されたとしたら別の意味で落ち込む。
でも。
とにかくこの状況から逃げたい。
「……ええと……」
「――あ、でもこういうのは何も知らないでわくわくしていた方が楽しいですね! ごめんなさいマリアさん、わたし楽しみに待つことにします!!」
「え、ええ……その方が良いわきっと」
肩透かしを食らって目を瞬いたマリアに、けれどソフィアは改めて迫ってきた。
「あそうだマリアさん話変わるんですけどちょっと訊きたいことがあるんです!」
「今度は何っ!?」
先ほどの流れで部屋のすみにまで追い詰められていて、逃げ場所がなくて。悲鳴じみた声を上げるマリアを全然気にしないで、ソフィアがにこにこと笑っている。あのきらきらしたものはないけれど、アレでどうにも苦手意識が芽生えてしまって、マリアは正直気が気ではない。
「機会があったら訊いてみたいってずっと思ってたんです。
あの、「能力」の使い方のコツってありますか?」
確かに、いきなり話が変わった。けれどそれはたった今まで考えていたマリアの「ネタ」に大きく関係していた。先に思い付いていたのは事実ではあるものの、誰にも話していないから。「さっきの質問で思い付いたんですね!」などと「それ」を実行した時にこの少女にそう言われたら、なんだかプライドがずたずただ。
マリアは別のネタを考えようと思った。
思いながら、好奇心いっぱいの子犬よろしく彼女の一挙手一投足を楽しそうに待ちかまえている栗髪の少女に、どこか億劫になりながら声を絞り出す。まあ「能力」を使いこなしてくれるなら、今日のこんなくだらないことよりもよほどこれからの役に立ってくれる。
「……もともと、遺伝子レベルで具わって……具わ「されて」いるモノだから。意識よりも……言ってみれば「本能」の部分が理解しているわ。息をするみたいに手を動かすみたいに、「そうすることが当然」ってつもりでやれば……ヘタに気負うよりもよっぽど成功率が高いわよ。
わたしの「能力」はあなたと違うから、それ以上のアドバイスなんてできないわ」
「そう……ですか。分かりました! じゃあさっそく試してみます!!」
……「さっそく」……「試す」……?
「……ソフィア?」
呆然と絞り出したマリアの声は。あっという間に身を翻して全力で駆け出した後ろ姿に、どうやら届いていないようだった。先ほどまとめていた荷物もきれいに持ち去ったソフィアに、ひとり部屋に取り残されたマリアは。
「…………何……??」
ただ虚ろにくり返すしかできなかった。

◇◆◇◆◇◆

それぞれがばたばたしていて、昼食はばらばらの時間にばらばらの場所でばらばらにとった。常に団体行動をしなければならない冒険中とは違うため、誰も何も気に止めない。むしろ、「今日」のフェイトの難題に頭を悩ませる面子などは、顔を合わせることで無言で急かされることがないと、内心かなりほっとしていた。
ほっとした自分に気付いて、逆に落ち込んだりもしていた。

◇◆◇◆◇◆

「……おい。いい加減起きろ」
「…………んあ……?」
結局一日寝倒していたアルベルは、肩をつかまれて遠慮なくがくがくやられて、低く低く呻きながらぼんやり目を開けた。目の前に、げんなりした金髪。男に起こされても嬉しくも何ともない――というか現パーティの誰に起こされても、そもそも起こされることそのものがひどく面白くない。
寝起きは常に不機嫌なアルベルは、それでもずっと寝ていて寝飽きていたこともあってむくりと起き上がった。ぐあー、とばかりにあくびとも伸びともつかない声を上げる。
ふと、非常に微妙な生暖かい笑みが自分に突き刺さっていることを感じて、半眼をじろりとそちらに向ける。
「……何だ」
「いや……あれだけごちゃごちゃやってても本気で寝てたのかと。感心してた。
そろそろ飯だとさ。ぐだぐだしてねえでとっとと起き出してこいよ」
「うるせ」
反射的な悪態は、言うだけ言うとあっさり身を翻した無駄に広い背中にぶつかってあっという間に消えた。ひらひらと手を振る後ろ姿はすぐにドアの向こうに消えて、ばりばりと髪をかきむしるアルベルはすることもなくなって、再び何となくベッドに横になる。
しばらくごろごろしてから、諦めて起き上がる。
――そういえば、何となく顔がべたべたしていたけれど。この時点で彼は、何の警戒もしていなくて。当然ながらその脳裏から「今日」に関するフェイトの言葉などきれいさっぱり全消去されていて。
後ほど彼は、せめて鏡をのぞこうともしなかった自分に激しく後悔することになる。
しかしこの時点では、「腹減った」という考えが頭を支配していて、のたのたと食堂に向かうことで頭がいっぱいだった。

◇◆◇◆◇◆

「……あの、フェイト」
「なんだいマリア?」
そろそろ夕食の準備が終わるから、とソフィアに声をかけられて。今日はわたしが腕を振るったんだよ楽しみにしててね、などと笑いかけられて。愛らしい幼馴染ににこにこしながら食堂に向かえば、いつでも真面目な青髪の少女がたたずんでいて。
ドアの開く音、もしくは気配にぱっと顔を向けたマリアは、なにやらひどく緊張したように、けれど逃げるわけではなく、むしろおどおどとフェイトの前まで歩いてきた。
「あの……」
細い肩がかすかに震えているのは、緊張しすぎているからか。真っ赤に染まった頬は潤んだ瞳は、それだけ思い詰めているからだろうか。
きれいな娘からの告白は二十四時間いつでもどんとこい、なフェイトは、さてどうしようかと首をひねる。このマリアのことだから。下手な動きをとったら下手なことを言ったら、逃げるかあるいは攻撃してくるか。
まあ、相手がきれいな少女なら。別にそうなっても本望だけれど。
「あの……ね、」
「うん」
「いつも、思っているの。間違ったことをしているつもりはないけど、いつも言葉がキツい自分は、分かっているの……。でも、直そうと思ってもなかなかできなくて、」
「……うん?」
「だから、ごめんなさい。それと、ありがとう。――これからも、よろしくね」
ぼそぼそと早口で、けれど聞き取りやすい声で。言われた事柄がいまいち理解できなくて、フェイトは抱き締めようかとこっそり持ち上げていた手をわきわきさせてみた。
「ええと……マリア?」
「だ、だから……「不義理の日」ってやつよ。最初はね、嘘考えていたんだけど……難しくて。他の人とかぶるのも癪だし。これなら、大丈夫かな、って。
それと、この機会に一度しっかり謝ってお礼を言っておこうかしら、って」
多分達成感で浮かべた笑みは。フェイトの戸惑いを吹き飛ばすほどに魅力的で華やかなものだった。
「クリア、よね? 他のみんなにはあとで言うわ」
「うん、大丈夫。
マリア、僕の方こそいつもありがとう。迷惑かけちゃってわがままでごめん。これからも、よろしく」
「当然じゃない」
予想していた甘いことではなくても、たまにはこんなのもいいかもしれない。顔を見合わせて笑いあって、そのタイミングで部屋に入ってきたのは妙にぐったり疲れたクリフだった。気付いたのか気付かなかったのか、マリアがそんな養父に近寄る。先ほどフェイトに言ったときとは違って、だいぶリラックスした様子で何か言う。一瞬きょとんとしたクリフはすぐに苦笑して、マリアの青い髪をくしゃくしゃとかきまぜた。
――うん、これもありだよな。
ほのぼの父娘の姿に。フェイトは一人うなずいていた。

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2005/04/03UP
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[最終修正 - 2024/06/26-14:45]