確かに……フェイトの言う通りだ。あたしはクリフを意識しているみたいだ。
フェイトが近づいても触れてきても、別にどうということはないのに。クリフの場合はその一挙手一投足意識を向けていないと、落ち着かない。注意を向けていたところで、やはり心臓がどきどきして、胸が苦しい。痛い。
見えていないと不安、見えていると不安。見られていないと落ち着かないし、見られていると落ち着かない。声を聞いていないとこころがざわめくし、声を聞いているとこころがざわめく。
なぜ。――この気持ちは、何……?

―― 惹不起 [……どうかしてる] 2

気づいてはいけないはずの自分の気持ちと向き合おうとしてるネルをよそに、青年の独白は続く。
「――おまえだって、ネルさんだけ特別扱いしてるしさ」
何で僕が他の野郎の恋路応援しなきゃならないんだ、と不本意な声。ネルはなかば思考に囚われたまま、ただその声を追う。
「僕の見ている限り、面と向かって「美人」なんて言ってるのネルさんに対してだけじゃないか。ネルさんと合流する前とした後じゃ、戦闘の仕方もまるで違うし。何だよネルさんいないと無茶して敵に突っ込んでってさ」
「――おい、フェイト、」
「てより極めつけはさっきのあれだよな。ネルさん買い出しに出たとたんやけにいらいら落ち着きなくなったし、かと思えばいきなりいなくなるし。――ネルさんお姫さま抱っこしてやけに嬉しそうに帰ってくるし。
タイネーブさんやファリンさんは、荷物扱いしてたよな? おまえ」
「だま……」
はっ、十九歳の呆れたような――馬鹿にしたような笑みに、三十六歳の動きが凍りつく。
「――あのな、僕より二回り近くはなれたオヤジがそういうプラトニックなレンアイやってんの目の当たりにすると、寒い通り越して気持ち悪いんだよ。いっつもひとをガキ扱いしといて、自分の方がガキじゃないかそういうところ。
おまえがぐらついていようと玉砕しようと僕の知ったこっちゃないけどさ、振り回されてるネルさんが可哀想で、見てられないんだよ」
「……おま、」
青くなって赤くなって、クリフがうめくのをさらりと無視する青年。同じく動きを止めているネルに、こちらには柔らかく暖かく微笑みを向ける。
「そんなわけで。いっそすっぱり振ってやってくださいネルさん。罪悪感なんか抱く必要ありませんから」
「……フェイト?」
「じゃあ僕は夕飯まで散歩してきます」
それ以上は何も言わせないまま、青年が部屋を出ていく。

◇◆◇◆◇◆

「……」
「……」
無言。
「…………」
「…………」
さらに無言。
居心地の悪いネルが、いまだむき出しのままの自分の脚に遅ればせながら気づいて、どうしようかとかすかに引き寄せる。その小さな動きに、はじかれたような大袈裟な動作でクリフが顔を上げて、紫と青、視線が正面から向き合った。

かっきり十秒。
はあ、といっそわざとらしいほど大きなため息がクリフの口から漏れる。不安な顔で見上げるネルに、困った顔で苦笑する。
「……ええと、」
「――まあぶっちゃけあいつの言った通りなんだがな」
ぴくん、肩を震わせる彼女に決まり悪そうにがりがりと頭を掻いて、
「あー……でもまあ、オレらはここに居着くわけにゃいかねえんだ。そうなると、一応「いい歳した分別あるオトナ」として無責任なことやらかすわけにゃいかねえし。
――ま、そんなわけで今まで通りで頼むわ」
よろしく、とでも言うようににこやかに差し出された大きな手。手を差し出す男の顔はにこやかなのに複雑で、それを目にしたネルのこころに細い鋼の糸が絡みつく。逃げ出せないほどがんじがらめにされてきつくきつく締め上げられて、下手に動くとばらばらに切り刻まれそうで、
息が……できない。苦シイ、痛イ、――ツライ。
痛くて、こころが痛くて眉を寄せて、切ない顔でふるふると首を振るネルにクリフは動かない。複雑な笑顔で手を差し出したまま、ただそんな彼女を見ている。

◇◆◇◆◇◆

「あた、しは――」
息を止めていたことに気がついた瞬間、ネルはようやく呼吸の方法を思い出した。浅く息を吸い、吐く息と一緒に言葉が勝手にするりと出てくる。呼吸のたびに鼓動のたびに、きゅうきゅうと締めつけられて痛くて仕方ない心臓のあたりに握りこぶしを当てて、ネルの口が虚ろに動く。
「あたしは――、」
何を言いたいのか、何を言えば良いのか分からない。今自分が何を考えているのかすら分からない。分からないけれど何かを言わなくてはいけない。それは分かる。
彼女の意志で言わなくてはいけない。この苦しみに名前をつけなくてはならない。気づいてはいけない気持ちに、気づかなければならない。
「あたしは――……っ」
「……ネル……」
――あるいは、しかるような深い声に。ネルの目が潤む。

……どうかしてる。あたしは、一体どうしたんだ。こんなあたし、知らない。こんな弱々しいあたし、あたしじゃない。

「あたしは、――ネル・ゼルファー……聖王国シーハーツ封魔師団「闇」部隊長、クリムゾンブレイド……。あんたたち、グリーテンの技術者を陛下の元に連れていくのが、今回の任務……」
うわ言のようにつぶやく声に、クリフがいぶかしげに目を細める。今さら何を分かりきったことを、とでも思っているのだろうか。
「この戦争に勝つために、グリーテンの技術を使って施術兵器を強化して……それが無理でも、最悪、アーリグリフにあんたたちの技術を伝えないようにする……あんたたちを殺して口封じをするために、あたしは地下牢に行ったんだ」
「……ああ」
ネルは、自分が今どんな表情をしているのか分からない。言葉の内容だけではなくて、雰囲気全体が目の前の男にどう映っているのか――その想像の材料さえまるで認識できない。
ただ、続ける。自分の本当に言いたいことが見つからないまま、続ける。
「……手加減を知らない馬鹿な尋問官のせいで、あんたたちはぼろぼろで、寒い牢に寒い格好で捕まっていて……ああ、簡単に恩が売れる、これならきっと最悪じゃないかたちで任務がこなせる、って、あの時思った……」
「――そうだな。あの時おまえが来なきゃ、オレはともかくフェイトはどうなっていたんだか」
握手のかたちに差し出した手をそのままに、その手に目を落としたクリフが相槌を打つ。うなずいている。――たったそれだけで、ネルのこころがなんだかほっとあたたかくなる。
こんなに痛いのに。この胸を抉って心臓を取り出して、あたたかく血のしたたるそれを思わず握り潰してしまいたくなるほど痛いのに。この鼓動はなぜ止まらないのだろう。この苦しさはなぜどんどん大きくなっていくのだろう。
「とにかくあんたたちの確保が先だから、ファリンの発案通りあの娘たちを囮にして……あの時フェイトは本気で怒って、あんたがそれをなだめて、」
――こんなに、苦しいのに。痛いのに。
「……甘いだけで先の続かないフェイトの言葉を、あんたが黙らせて。
フェイトはともかく、理詰めで説得できそうなのに最後の最後で一筋縄でいかない、そんな手強いやつだなって、一見頑固なフェイトよりもあんたの方が手強そうだって、思った」
「……ダテに歳くってねえからな」
青い目が小さく笑う。

……どうかしてる。あたしは、いつからこんな人間に成り下がった……?

ひとつ息を吐いて、ネルの目がクリフを射た。
内面の激情を示すように揺れている、しかし深く澄んだ紫。強烈な感情を呼び起こす、どこまでもまっすぐな視線。隠していたすべてを知らず暴いてしまう、どこまでも強い視線。
「あの日、アリアスで――あんたの言葉があったから、あたしは修練場からあの娘たちを助けるために動くことができた。自分のわがままだけで動いて、でも結果的にあの娘たちを無事に救い出せた。
あの時あんたがああ言ってくれなければ……後悔を抱いたまま絶望を抱いたまま、アリアスから……今ごろシランドに着いていたかもしれない。少なくとも、あの娘たちは確実に見殺しにしていたと思う」
「……全部おまえが決めたことだろう」
「でも、あんたがいなけりゃ絶対に選べなかった」

―― Next ――
2004/07/27UP
憎しみあう5つのお題_so3クリフ×ネル_
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[最終修正 - 2024/06/14-14:47]