かつて、戦があった。
そしてまだ季節は一巡りもしていない。

―― Ein Schwert tragen 1

「――アルベルさま」
そろそろです、と兵が言うのに軽くうなずいてやって、彼はもたれていた樹から身を離した。身体ごと向き直るのが億劫で顔だけそちらに向けたなら、果たして町外れ、荒野の向こうにまるでにじみ出るように走り来る騎影が現れたところだった。
待ちかまえるというにはやる気のない彼と、兵が二名。その元へあっという間に到着した馬は二つ、見事な手綱さばきで馬を落ち着けて、彼らを見下ろす視線も二組。
「久しぶりだね。相変わらずみたいじゃないか」
「どっちが」
いつか慣れて、しかしここしばらくはまるで聞いていなかった声が降ってきた。考えるまもなく声は口から出ていて、やれやれ本当に相変わらずだねえと同じ声がため息を吐く。
「アルベルさま。シーハーツクリムゾンブレイドお二方、ネル・ゼルファーさまとクレア・ラーズバードさまが到着いたしました」
「見りゃ分かる。……馬を馬房に。おい、こっちだ」
「一体、何用ですか? 私とネルに正式な招待だなんて」
「じじいが説明する。……詳しい話は俺も知らん」
赤毛と銀髪が、顔を合わせて軽く肩をすくめた。それを見なかったふりで背を向けて、彼が歩き出せば。素直に馬から下りたらしい、兵ではない気配が二つ。確かに彼の後を追ってきた。

◇◆◇◆◇◆

かつて、戦があった。
いや、本当は「かつて」というほどの昔でもない。それが終わってからまだ季節が一巡りもしていない。
どこにでもある領土争いでしかなかった戦は、けれどちょうどこの地で大きな戦闘があった日を皮切りに、どこにでもある領土争いとはまるで違う戦に変わった。
敵として戦っていたはずの彼の国と、たった今到着した二人の国とは互いに手を組み、そのどちらの国の人間でもない人間が数人からんで、今までとはまったく違う相手を敵とした。
正直戦いの場が移ってからは、何がなんだか彼には把握できなくなっていたけれど。
いつの間にか戦は終わって、どうやら彼らが勝利したようだった。結局最後まで何がなにやら分からないままに、まったく違う場所にいたはずが、気がついたらこの地に戻ってきていた。まったくもって実感が伴わないままに、一緒に行動していたやつらがそれぞれの場所に戻った。彼もまた、しばらく留守にしていた自国に戻った。……戻る前も戻ってからも、相変わらず実感は欠片も湧きはしなかったけれど。

かつて、戦があった。
そしてそれは、確かに終わっていた。
国同士の戦はうやむやになって、そしてまだ季節は一巡りもしていない。

◇◆◇◆◇◆

「おお、よく来てくれた!」
「お久しぶりです、ウォルター老」
鉱山の町カルサアの領主屋敷の一角、屋敷主人にしてこの地の領主にして風雷の長は、書類を片していた机から立ち上がって客人を熱烈歓迎する。親の仇やら少なくとも確実に敵だった老爺ににこやかな笑みを浮かべて、彼が案内した二人も礼儀作法どおりに頭を下げる。
まるで部通に老爺と孫娘のような会話にあっという間に辟易して、アルベルはとっとと退散すべくたった今くぐったばかりのドアノブに手をかけた。
が。
腐っても長年彼の人生に関わり続けてくれた、ただでさえ切れ者だの食わせ者だのと名高いアーリグリフ風雷の長は、逃げるアルベルを見逃すほど間抜けではないらしい。
「お前も聞いていけ、アルベル。……王も承知のことじゃ」
そう言われてしまえば、つまりは、これから先老爺の説明することはアルベルの任務で。恐らくというか確実に、シーハーツのクリムゾンブレイドの協力を必要とする厄介なもので。
そうなると、アルベルに拒否権はなかった。

ゆらりと振り向いたなら、狸の笑みがそこにはあった。金髪と銀髪もなんだか彼を馬鹿にした笑みを浮かべているような気がした。一気に腹立たしくなったものの、哀しいことに。この間の戦で人間が丸くなってしまった彼には、怒るタイミングを逃がしてしまった彼には、わめくことができなくて。
ぎしりと悔しさに奥歯をかみしめたまま、微妙にぷるぷる震える手を握りしめてドアノブから一歩引いた。
そんな彼の姿に目を細めて、老爺は。
今まで以上の気色悪いほどの満面の笑みを浮かべて、
言った。

「時に、クリムゾンブレイドよ。……どちらでも良いのじゃが、この小僧をもらってやってはくれまいか?」

確実に、部屋の空気は凍りついた。
少なくとも、アルベルは完全確実にどこまでも凍りつく。

―― Next ――
2007/04/16UP
アルベル×ネル
OFP
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[最終修正 - 2024/06/21-11:19]