なぜか彼女がくすくす笑って。
笑われる理由がアルベルには分からなくて、
なんだとつぶやいても誰も答えはくれない。

―― Ein Schwert tragen 3

宿の一階ロビーに降りたなら、そこには満面笑顔のこの茶番の元凶ウォルターと、シンプルなデザインのドレス姿に化けた銀髪、他にも兵士やら女官やらが数人ずつ、待ちかまえていた。実のところ関わり合いになりたくないのでロビー入口で立ち止まったアルベルに対して、あっさり手を取り返したネルはさくさく銀髪あたりに向かう。何か談笑をはじめる女ども。それに負けじとまるで愛娘、もしくはお気に入りの孫と間違えているのか近寄ってきたウォルターがあれこれネルに話しかけ、美しさを誉め讃えて、一段落ついてからまるで思い出したようにちらりとアルベルに目を向ける。
「用意はすべて整っておる。手順は覚えたな?」
別に馬鹿ではないのだから、複雑でもなんでもないこれからのことなんて忘れるはずがない。当たり前だとアルベルはつぶやいたけれど、ウォルターはどうやらまるで彼を信用していない。口には出さないで態度に丸出しにして、完全に疑っている。本当か、と、目が言っている、大声で。
一度は落ち着きかけたはずが、またも彼は不機嫌絶好調。
「……街の教会に向かう。供は兵士が合計四人。他のやつらは俺より先に教会へ出発して、移動はあくまで六人だけ。教会についたなら司祭だか司教だかに報告して、次に王城へ向かう。同じ報告を王にもして、後は祝宴と聞いた」
「教会につくまでは一応「おしのび」ってことで、街の人たちもあたしたちのこと知らんぷりするし、あたしたちも基本的に無言。その分、教会からの道すがらもしくはアーリグリフ城では盛大にお祝いするんだろう?」
アルベルの言葉に対して、補足のようにネルが声を上げる。ねえ、と誰に対してだか小首をかしげた彼女は距離があってもなぜか鮮明に見えて、まわりの人間全部が消え去ってそんなネルだけが見えて、何ごとだとアルベルはまたたく。
――ここでこっそり女官の一人が宿から出ていったことに、なぜだかふと彼は気付いた。他の三人は気付いたかどうか分からない、……まあ気付いたのだろう。気付かないふりをしているだけで。
どうやら、茶番は無駄足に終わらずにすみそうだ。
思いながら、思うことで思考を断ち切って目を移したなら、白いケープを防寒着に差し出す銀髪にネルが深々ため息を吐いている。受け取ってそれを羽織りながら、目を落としたのはどうやら――今も少しの身じろぎでしゃらしゃらと音を立てるドレスのスカートのようで。
「本当に、もう少し時間がほしかったよ……汚すわけにはいかないんだ、雪の中を歩くって分かってるんだから、せめて裾をもう少し上げるとかさ。何かあってもそうそう激しく動けないのは、ドレス着てるんだから仕方ないとするにもさ」
「少しくらいならロザリアも分かってくれるわよ、ネル。彼女も同じことやって、少しドレスの裾を汚したからって、貸してくれたとき言っていたじゃない。
郷に入ればって言うわ。……がんばって」
「分かっているけどさ……」
――そこで何をぼーっと突っ立っているな気のきかんヤツじゃな。何かフォローを入れたらどうじゃ。
ウォルターがアルベルにそんな小言を目でつぶやくけれど、何を言ったらいいものかまるで分からなかったので、そんなウォルターを見えないフリをした。むしろ、さりげないふりをして宿を出ていった、今度は兵士がなんとなく気になったけれど、今度こそ気付いたはずなのに他三名はやはり何も動かないので、何とか気付いた様子を外に出さないようにする。
まったく、本気で茶番以外の何者でもない。
「……行くならとっとと行けクソジジイ」
別にこの宿に残ってずっと残ってこの騒ぎすべてに関与しなくてもいいけれど。むしろカルサアからわざわざ出張ってこなくてもよかったのにその方がよかったのに、
もういじられるのはたくさんだと吐き捨てたなら、わざとらしいため息があって、それからウォルターが外に向かった。つられるようにというかひょっとしてそれ全部が従者だったのか大部分の兵士たちがぞろりとうごいて、続いて銀髪が出ていったなら女官どもが、というかその時になって気付いたけれどさりげなくいた女官ではない女どもがざわりと出ていく。
人数の多さで狭く思っていたロビーが、それでずいぶんがらりとした。

「アンタたちが護衛の兵士かい? よろしく頼むよ」
「……俺が誰かに護られるなんぞ世も末だ……」
残った兵士にネルが声をかけて、そこでやっと彼女の横に進みながらアルベルがつぶやいて、短い返事をする兵士の声はすぐに消えて、音のないロビーは本当に淋しい。
少し時間つぶしをしないといけない。そういう流れになっている。仕方ないのでネルを連れて暖炉の前まで移動したなら、なぜか彼女がくすくす笑って。フルフェイスの兜でよく分からないものの気配で兵士どもも笑っていて。
笑われる理由がアルベルには分からなくて、なんだとつぶやいても誰も答えはくれない。

◇◆◇◆◇◆

何もするでもなくただ暖炉の前に陣取って、することがないので思考だけがただ動く。
――これで良かったのか、と問われれば、知るか、と吐き捨てるしかない。
馬鹿ではないアルベルだけれど、考えることは専門ではない。もっといい方法が他にあったとしても、彼に他の案は思いつかない。
――この女は何を考えているんだ、と疑問がはじけたなら、それにもまた、知るか、と吐き捨てるしかない。
少しの長い間旅をして、けれど他人の考えることなんて分かるようになるはずもない。まして、女の考えは彼に複雑で、分かりたいとも思わないし実際分かるものでもないだろう。
――ウォルターは何を考えているのだろう、あるいはあの銀髪は。王は。……あるいは、
埒も明かない、それは疑問なのかそれとも暇つぶしに浮かんだだけなのか。分からないけれどすぐに飽きて、じりじりと進む時計を斬り壊したくなる。
そしてふと、視線を感じた。兵士ではない、間近から向けられる視線に気付けば、それでよけいに落ち着かなくなった。気付かないフリは数秒で消え去って、目を落とす。
いつもの強い目が、彼を見上げている。
「……なんだ」
「いいや? ……黙って突っ立ってれば、見目のいい男なのにね?」

……ワケが分からない。

◇◆◇◆◇◆

なんとなく時間が過ぎて、そして、兵士がそろそろですと声をかけてきた。動いていれば何も考える必要がない、いや、あまりに単純な作業では思考も入ってくるけれど。
これから先のしばらくは、何も考えずにいられるはずだった。
だから。
今度は無根で手をさし出した。少し前と同じ仕草に、またもネルが笑って同じように手を重ねてくる。ゆっくりと兵士が二名先に出て行き、その後を追うように彼らが出て、残り二名がその後に続く。

アーリグリフは、やはり今日も雪の白で染まっていた。
一応、降り続ける白は今やんでいるようだった。

―― Next ――
2007/04/22UP
アルベル×ネル
OFP
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[最終修正 - 2024/06/21-11:20]