いつだって、どんなときだって「完璧」な人間が。
一瞬でも「弱く」なることが、

―― Vorspiegelung 2

「……ったく……」
ほのかに明かりの灯された、というかほのかにしか明かりの灯されていない薄暗い廊下を。誰も通らない底冷えのする廊下をずかずかと歩きながら、アルベルは深々と息を吐いた。
――阿呆。
いつもの口癖は自分に向けて。らしくなく他人を心配している自分に向けてのもので。
右手にぶら下げた回復の実を、呆れきった目で見下ろす。
「何やってんだ俺は……」
ひとりごちる。

◇◆◇◆◇◆

血の気の失せた真っ青な、むしろ紙のように白い顔で。それでも「いつも」を貫き通した女が、彼の女が。気になって仕方がなかった。

疲労がたまっているのはパーティメンバー全員に共通していた。
赤毛の女隠密など、下手に他人のことばかり気にかけた結果自分の体力を使い果たして倒れていた。
――阿呆にもほどがある。
取柄といえば体力と腕力しかない金髪男さえ、平気なふりをして実は脚にキていて。
――それでもこちらを脱力させる阿呆な冗談を飛ばしていたのはいっそ感心するところかもしれない。
腹が立つくらい要領のいい青髪のパーティリーダーも、山ほど抱えた要領を使い果たして意識を保つのがやっとで。
――機嫌の悪さをこちらにぶつけてきさえしなければ、まあそれはどうでも良かったものの。
それに彼自身。昼間の戦闘中、少しばかりミスってそれなりに大量に失った血がいまだ足りないままで。おかげで現在、貧血ぎみで頭がふらふらする。
――とっとと部屋に戻って暖かい寝台でぬくぬくと意識を手放したい。
けれど。

◇◆◇◆◇◆

「……ちっ」
先ほどわかれた青髪の女は、のしかかる疲労をおくびにも出さなくて。顔色だけはどうにもできずに、結局は失神寸前と分かったけれど。
けれど体力の限界以外に何かが変だった。
根拠など分からない、けれど彼の勘が。あるいは野性の本能が。
――そのままにしておいたらマズいことになる、と。
だからたったひとつの回復の実を、本当は他人に回したりしないで彼自身に使いたかったそれを。後生大事に持つような性格でもないから指の先につまんで、アルベルは一人宿の廊下を行く。
女の、マリアの部屋はどこだったか――、
「……?」

そして、アルベルの耳が「それ」を聞きつけた。

◇◆◇◆◇◆

「……っ!」
身体が、まるで砂でできているように。まるで力が入らない、疲労しきっていることが恨めしい。
――早く、少しでも早く。
向かいたい場所が分かっているのに、いっそ目に見えているのに。そこまでの距離が絶望的に遠くて、

「……おい!!」
体当たりをするように、目的の部屋のドアを開けた。体力が限界寸前のおかげで無様に転がり込むようにして、ようやく部屋の中に入る。
まず目に入ったのは、薪が補充されないために火が消えかけた暖炉。そして。
その頼りない炎に浮かび上がる、いかにも細くて脆い身体。
ベッドのすぐわき、絨毯にまるで倒れるように。青い髪を広げて、うずくまる――
「おい、マリア……!」
声をかけても、珍しく名前を呼んでみても反応がない。
――寝台を前に気がゆるんだ瞬間、意識でも失ったのか。
そう考えようにも、
「おい!」
細い自分の二の腕を、指先が白くなるほど強い力で抑えて。部屋の入口からでも分かるほど大きく身体を震わせていて。かすれた声が何かを言っているのに、聞き取れない。うつむいたために乱れた髪、その隙間からのぞく細く頼りなく今にも折れそうな首筋。
――それでも、たとえそれでも。いつもはどんなときでもまっすぐ前を睨みつける力強い翠が、
今は、それがなくて。
――「いつものマリア」を作り上げているものが、何一つ見えなくて。
――怖、い。

◇◆◇◆◇◆

ただごとではない様子に、疲労で回らない頭がただあわてる。情けないことにおろおろするしかなくて、ただ近づいておどおどと手を伸ばして、
「……おい?」
「…………っ」
少し力を入れたなら砕けそうな肩、軽く包めばびくんと跳ね上がる。勢い顔を上げて、しかしその翠に力がない光がない。
見ているのに、見えていない。
「……何が……」
――何が、あった……?
ばさばさに乱れた髪の間に、髪よりも青白いマリアの顔。他の人間ならともかく、マリアには、この女にはまず見ることはないだろうと思っていた表情。
人形めいた整った顔に、しかし今確かに貼り付いている、

恐怖の色、
涙の痕。

「……まり、あ……?」
何も言えない、言えなくなったアルベルから顔を背けるようにして。
白い腕が伸びる、細い身体のどこにと思う力がしがみついてくる。溺れかけた人間が助けを求めるように、頼りない蜘蛛の糸にかじりつく亡者のように。
まるで普通の女のように、むしろ「普通」よりずっと脆く弱い女のように。

誰よりも「強い」はずのマリアが。
弱く脆く儚い、ただの女が。
彼にしがみついて力任せに取りすがって、その胸に顔を埋めて。
肩を震わせて声さえ上げて、
――泣いて、いる。

―― Next ――
2005/07/05UP
アルベル×マリア
OFP
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[最終修正 - 2024/06/21-10:39]